プラチナ・ゲームズに移る前、Jean Pierre Kellamsのキャリアはカプコンから始まる。そこで彼は、『ゴッドハンド』、『モンスターハンター』、『逆転裁判2』といったタイトルのローカライズに関わっていた。また、『バイオニック コマンドー』の初期ストーリーや脚本草案も担当した。プラチナ・ゲームズに参加してからは、『Mad World』(訳注:国内未発売)の脚本や編集、『ベヨネッタ』のローカライズが彼の仕事である。
彼のアドバイスはこうだ。
日本(語)は、「なるべくなら」というものではない。
日本にいるのなら、日本語を話せ。最初の一歩を踏み出そうとしているなら、日本人の条件に合わせて、日本の会社とコンタクトを取り、交流ができる環境を自身で作る必要がある。日本語を話せて、日本在住であれば、これは大変に役立つ。
より一生懸命、より良く、より速く、より強く働くこと。
日本の会社にとって、キミを雇うことは、特にキミが日本国外在住の場合、尋常ではない苦労がつきまとう。開発会社に就職するためには、何度も面接と試験を受けたうえに、ビザを取らねばならない。未取得の場合、キミがビザ取得にふさわしい人物であることを証明してくれる書類仕事に何ヶ月もかかるのだ。
このことを心に留めて、会社に対して何を頼めるのか、現実的に考えねばならない。会社がキミのために余分な努力をしなければならないということは、キミが、もっと楽に雇える誰かより明らかに秀でた人物でなければならないということだ。日本人は、常軌を逸した仕事好きだし、それに負けぬほど才能のある人々だ。確かに、キミの文化的な背景のおかげで、美学的にも技術的にも言語的にも、物事を違った面から洞察できるかもしれないというのは、キミの有利な点かもしれない。だが、似たような日本人の応募者よりもっと良い、あるいは同等のスキルで、この有利な点を補完する必要がある。究極、会社がキミを雇うために、しなくてもいい作業とリスクを負うだけの価値がある人材でなくてはならないのだ。
(これには例外がある。高レベルのプログラマーだ。リサーチや新技術の多くが西欧で進められたり、開発されているため、日本の会社は、いかなるマイナス点があろうとも、第一線の西欧のプログラマーにはより広く門戸を開けている。給与体系が異なるので、日本の産業全体として、西欧の才能あるプログラマーを惹きつけることにどれだけ成功しているのかはわからないが、日本の会社はおそらく、もっとスキルの高い、経験のあるプログラマーを、他のどんな職種より求めている。)
人生は、キミの期待通りには行かない。
日本に住むのならば、常に心に留めておかねばならない、ちょっとした暗黙の了解がある。キミのパスポートの国籍がどこであろうと、どれほど人々や国や言葉を知っていようと、キミは日本人には決してなれないということだ。本屋へ言っても、キミの母国語の本はさほど買えないだろうし、買い物へ行けば、店員がキミに接客できるのか迷う気まずい瞬間がいつもある(キミがアジア人に見えるのに日本語が話せない場合は、彼らがそのことに気づいた瞬間の気まずさ)。キミが自身のことを「違う」と感じていようといまいと、最初の「相違点」はオフィスの会話から始まるだろう。
これは悪いことではない。いろいろな意味で、新体験という生き生きとした興奮に繋がることだ。けれども、当時に、精神的にうんざりとさせられもする。その言葉が持つあらゆる意味において、キミが「アウェイ」であることを処理できなければ、おそらく、ここでは物事は進まない。
応募にオタクであることは必要ない。
できるかぎり日本人らしくあれば、日本での就職には良いだろうと考える人は多い。だが、ちがう。
キミがどんなにアニメ、JPOP、日本映画等々を愛していても、キミよりもっと知識のある日本人がいる。これは常識だ。彼らは、そうしたものに囲まれて、父母や祖父母の文化的影響を吸収しながら育ってきたのだ。
キミの第一のセールス・ポイントが、文化や知識の架け橋となり、似たような背景の人々でいっぱいの部屋に新鮮な風を送り込むことだというなら、キミがやるべきことは『ナルト』の膨大な知識をもつことだとか、アニメ風のデザインでいっぱいのファイルを見せることではない。商品の背景が違えば人々の反応はどう違うのかを知ることであり、様々な影響や変動を示すファイルをもつことなのだ。
違いを大事にし、溶け込むことに努力すること。
キミは、違っていることを期待されると同時に、同じであることも期待されるだろう。背景が違うために、若干の自由は許されるかもしれないが、一般的には、日本人社員に望まれていることは、キミにも望まれる。ときに「間違っている」と思われるエチケットやルールの混乱は、「きちんと」しなければならない。会議で書類を配る順番だとか、備品を買うのに何枚の書類が必要かとか、謝罪の際のマナーですら(直接、尋ねられない限り、何が失敗の原因だったのか説明してはいけない。ただ、謝ること)、キミの先輩の文化に基づいたやり方に沿わねばならないだろう。
けれども、キミは同時に違いも大事にしなければならない。キミは日本人ではないし、それが彼らがキミに求めているものでもあるのだ。恐れずに、違った視点から意見を言おう。ただ日本以外の国々を代表して意見を言うふりをするということではない。彼らはキミが日本人ではないと知って雇っている。だから、キミの文化的アイデンティティの要素を大事にしなければいけないということなのだ。●
Dylan Cuthberthは、京都にある開発会社、キュー・ゲームズの創立者である。最も知られているのは、PSN(Play Station Network)のゲーム、『PixelJunk』だろう。Cuthberthは1989年にゲーム業界に入り、Argonaut Software(訳注:イギリスのゲーム制作会社。『ハリー・ポッターと賢者の石』、『ハリー・ポッターと秘密の部屋』等)に参加した。のちに、日本の京都で『スターフォックス』、『スターフォックスII』といったタイトルで仕事をし、1990年代には、米国SCE、日本SCEの双方で主任プログラマーを務めて、PS2の『サルゲッチュ』を制作している。
彼のアドバイスはこうだ。
くつろいだ時間を地元の人たちと。
進んで日本人のスタッフたちと出かけよう。彼らと飲みに行き、夕食を食べ、彼らと親友になるんだ。これは、最も重要なコツの一つだ。海を渡ってやってきたのに、特に、相互理解という面では、境界線を引くかのようにガイジンの友達に執着する人があまりに多い。
日本語を覚えろ!
言い訳は効かない。インターネットには山のような助けがあるんだ。しかも、多くは無料とくる。ネット時代の前に比べれば、昨今、日本語を習うのはとても容易い。
日本語を話せ!
できるときはいつでも、日本語を話して、話して、話すんだ。そうすれば、酔っ払ったとき、流暢に日本語を話してる自分に気づくはずだ!
心を開こう。
日本文化は、西欧の人間にとってはとても難しい。しかも、一見したところでは、はっきりわからないような、小さなささいな事で難しいことがたくさんある。日本人ははっきりとものを言わないと言われているが、カジュアル・ゲームの開発現場では、これはちがう(仕事上の話し合いにおいてだけだが)。日本語というのは、決定的に直截的であるということでは最高位に位置する。日本語ならたった一言で表せる感情が、英語だと文章になってしまうことがよくある。
比べてばかりいるな。
なんでも西欧のようにやるべきだと不平を言うな。このトラップにはまるガイジンは多い。日本には多くのクールなものあるし、驚くほどユニークな文化がある。これは、西欧のようじゃないから、なのだ。常に、バランスを心がけよう。僕は、同じことを日本からアメリカへ行って働き、日本のやり方とちがうと嘆いていた人にも言ったことがある。国や文化は様々だ。均質な世界などない。そんなものは、あったってつまらないだろ。●
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たぶん、旅立つキミの役に立つし、到着してからもキミの日々の助けになるだろう。これを読んでおけば、痛い目に遭わずにドアをこじ開けられるってものだ。
働くことはきつい。海外で働くことはもっときつい。違う言語と取っ組み合い、違う文化がそこにある。だが、そこへ飛び込み、がんばり、長期間滞在しようという人たちにとっては、新しい方向へ自分を押し出すという個人的充足感があるだろう。
海外で働こうと決めている人たち(ゲーム業界でもその他の分野でも)、なによりもキミたちは、日本について学んではいない。それどころか、母国のことも、そうして、キミ自身のことも、だ。
あらかじめ調整したわけではもちろんないでしょうけれど、ほぼ同方向の内容になっているのが面白いなあと思いました。日本語を話す。日本に住む。日本の慣習を受け入れる。日本人と友達になる。……郷に入って郷に従いつつ、自分にしかできない仕事を目指す。どう考えても、母国で仕事をしたほうがスムーズだろうと思うのですが、あえて苦労を選んだ原動力がたぶん「夢」というものなんでしょうなあ。
明日は、この記事についたコメントをお送りします。……長文コメントが大変、多いです。
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