2009年08月24日

海外記事 -『ドラゴンクエスト』はなぜこれほど日本で人気があるのか?-

先週、予告していた『ドラゴンクエストIX 星空の守り人』の分析記事です。

日本人的には一部、気に障る表現もあるかと思いますが、……このかたは間違いなく、『ドラゴンクエスト』の大ファンです。そのうえで、『ドラゴンクエスト』に目もくれようとしない西欧のゲーマーたちに向けて書かれた記事であり、分析という体裁は取っていますが、早く言えば「ねえ、なんで『ドラゴンクエスト』やんないの?面白いのに……○○がないから?という記事でもございます。長いですが、面白いです。

では、早速。(多少、文脈がわかりづらいかなと思うところに、注釈を入れましたが、個人的解釈ですので、適宜、読み飛ばしてください。)


分析:なぜ『ドラゴンクエストIX』はこれほど人気があるのか。

Gamasutraのクリスチャン・ナットが、『ドラゴンクエスト』が、これほどまでに日本で大ヒットするのはなぜなのかを探り、この最も息の長いゲーム・シリーズの1つの歴史と魅力を検証する。


今、旬の、とある疑問に答えを出してみようと、今回は変わった記事に着手することにした。つまり、「なんだって一体、日本人はこんなにも『ドラゴンクエスト』が好きなんだ?」ってことだ。

これはもう明白な疑問だろう。『ドラゴンクエスト』は、任天堂ファミコンの時代からずっと続く、日本で最も人気のあるシリーズだ。1986年にデビューして100万本のセールスを上げたあの時代から、常に大きくなり続けてきた。

これほど歴史のあるシリーズが、同時にこれほど売れているケースは多くない。客層という意味でも、ゲームプレイのデザインという意味でも、産業的進化と言えるかもしれない。

そうでなければ、ビジネス経営方法が長年の間にかくも変わったというのに、日本ではより動きがない状態だという事実になりうるかもしれない。かつてビジネスの立ち上げにすら貢献したビック・タイトルは、やはり今なお、ビックなままなのだから。とはいえだ、実のところ、任天堂の自社ラインナップ以外で、これほど突出した遺産はほとんどない。

<『ドラゴンクエスト』の人気を売上数から分析する>

シリーズ最新作『ドラゴンクエストIX 星空の守り人』は7月に日本でリリースされ、すでに日本国内だけで300万本の売上を叩き出している。だが、同じく国内だけで300万本以上を売り上げた前作『ドラゴンクエストVIII 空と海と大地と呪われし姫君』の北米売上は100万本に満たない。

一方で、もう1つのスクウェア・エニックスの主流フランチャイズ『ファイナルファンタジー』は北米でも非常に良い成果を上げている。前作『ファイナルファンタジーXII』は初週だけで150万本を出荷。米国の調査会社OTXが行なった調査によると、来年初めに北米でリリース予定の『ファイナルファンタジーXIII』は、今年のE3(訳注:Electronic Entertainment Expo。LAで毎年開催される世界最大のゲーム見本市)を見て、購入したいと思ったゲームの第4位に入っている。


アルティメット ヒッツ ドラゴンクエストVIII 空と海と大地と呪われし姫君 アルティメット ヒッツ ドラゴンクエストV 天空の花嫁 アルティメット ヒッツ ファイナルファンタジーXII


『ファイナルファンタジーXIII』は、宣伝キャンペーンもまだ北米で始まってもいないのにこの状態だが、『ドラゴンクエストIX』はと言えば、上記のランキングには入ってもいない。要は、『ドラゴンクエスト』に関して言えば、日本以外の地域では、ゲーマーも含めてほとんどの人々がその魅力を理解しているとは言いがたいということだ。

まあ、それで(西欧の人間が)困ることはないだろうが、『ドラゴンクエスト』は得るものが何もないと考えられがちな傾向にあるとは言える。確かに、『ドラゴンクエスト』の人気が、いささか不可解な日本の文化的な現象にすぎず、疑問に思う価値はないと考えて済ますのは、容易いことだろう。たとえば、レイザーラモンHGや抱き枕と同様に。

信頼できる筋として、VGChartz(訳注:ゲームの売上データを公開している海外サイト)は、日本での『ドラゴンクエストV 天空の花嫁』(スーパーファミコン)の売上を279万本としている。これは大袈裟な数字ではないと私には思える。このゲームのDS版は前年度のスクウェア・エニックスの最高売上であり、100万本以上を売り上げているのだ(欧州、北米の数字も含まれている)。

では、『ドラゴンクエストV』が前回、2004年にPS2でリメイクされたときはどうだったか? これもまた、日本のみであるが、2日間に130万本を売り上げた。つまり、『ドラゴンクエスト』は、売れるだけではなく、何度も何度も、絶え間なくリメイクされては売れ続けているのである。

日本は本当に彼らの『ドラゴンクエスト』を愛している。『ドラゴンクエストVII エデンの戦士たち』に至っては、その時代にしては笑えるぐらい酷いグラフィック、PS2のローンチから数ヶ月後にPSでリリースなどという遅まきの発売にもかかわらず、日本国内378万本である。

『ドラゴンクエスト』がどれだけ大衆向けにアピールするゲームなのか、その核心に触れたいなら、1990年代にリリースされた『ドラゴンクエストIV 導かれし者たち』のCMを見るのが話が早い。これ以上に何かを説明する必要があるとは私には思えない。



↓記事中のリンク先は削除されていましたが、おそらくこれです。「子供から大人まですべての人のために」という、全年齢層ターゲットのCMであることを記事中では指摘したいのだと思われます。




<『ドラゴンクエスト』の人気を文化的な問題から分析する>

この問題は、興味深くもあり、同時に、ある程度、後付けの結果論じみてくる。ゲームが本格的な文化現象になるというのは、いつだって興味深いものだ。マーケティングの分野で働く人にとっては、もちろん特に興味深いはずだ。もし、『ドラゴンクエスト』のような人気と熱狂を作り出す特製ソースがあるなら、それを手に入れるために手首だって切ってもいいと思うだろう。

『ドラゴンクエスト』シリーズの人気の秘密の1つには、間違いなく『ドラゴンボール』の漫画家、鳥山明がゲームのグラフィック・デザインに第1作から関わっているということがあげられる。シリーズ制作者、堀井雄二は、呆れるほどの人気を誇るマンガ雑誌、少年ジャンプでマンガを描いていた鳥山と知り合い、彼を誘い込んだ。結果として、おそらく鳥山のおかげで、少年ジャンプは『ドラゴンクエスト』を重点的にプロモーションしはじめた(実際、現在も続いている)。

これが売上に直接、結びついたのは間違いない。日本では、8ビットゲームの全盛期は、強大な人気を誇った『ドラゴンボール』と同時期だったのだ。この『ドラゴンボール』現象は、米国では90年代を待たなければならず、このせいで完全に『ドラゴンクエスト』の西欧でのリリースは時期を逸した。……本当にどれもこれもタイミングが悪かったのだ。『Dragon Warrior』(訳注:北米での初期『ドラゴンクエスト』のタイトル。『ドラゴンクエストI』発売当時、米国に同名のテーブルトークRPGがあったため、タイトルを変更)のカバーに鳥山の絵はないのだ。だろう?



↓『ドラゴンクエストI』の北米版ジャケット。…北米で売れなかった理由の1つじゃないのか、と……。

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また、『ドラゴンクエスト』の音楽は常に、著名な作曲家、すぎやまこういちである。彼の作品は、ゲーム分野だけでなく、高く評価されている。実際、『ドラゴンクエスト』が最初に店頭に並んだとき、すぎやまは55歳で、フィルムの世界の経験を背景にもっていた。『ドラゴンクエスト』での彼の楽曲の人気は、のちに交響組曲のコンサートやゲームのサウンドトラックCDやライブのブームにまで繋がっていく。

一方、堀井はシリーズが世に出たばかりのころは、さして名前は知られていなかったかもしれないが、彼の『ポートピア連続殺人事件』は売上も良く、今でも古典としてファンから評価されている。彼は当時、少年ジャンプのために、なにかヒットする作品を見つけなければならない状況だった(訳注:1985年から週間少年ジャンプで『ファミコン神拳』を連載。翌年、『ドラゴンクエストI』発売)。出版というのは、何十年も前からずっと、マンガやアニメのシリーズ人気の息の長い原動力であり続けているし、『ドラゴンボール』はもちろんのこと、『Naruto』、『Bleach』といった勝者を産み出しているのである。

米国任天堂はと言えば、最良の仕事は、日本でのリリースから3年後、『ドラゴンクエストI』を偽エリザベス朝の英語に翻訳したことだろう。そのうえ、このゲームが売れないとなると、Nintendo Power(訳注:1988年から任天堂によって発行されている、北米で最も老舗の月間ゲーム雑誌)の購読加入者に無料で配ったのである。(面白いNintendo Powerの記事のスキャンがある。これを見れば、最良のマーケティングとは、今後4年間は北米で出ないゲームがいかに日本で人気があるかを語ることだとわかる、……ワケがない。問題あったね。)運命の明暗といったところだ。



↓Nintendo Powerの記事。こちらで大きな画像が見れます。

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記事内容はこちら↓。懐かしい時代ですなー。
2月に発売されたRPG『ドラゴンクエストIII』で今日本は話題沸騰中!日本中のプレイヤーがあまりにも夢中になってるこのゲーム、エニックスの代表は「トータルで500万本は売れると期待しています!」と宣言。

日本人プレイヤーにとって、ヒーローとは、もはや忍者やカンフーの達人ではない。剣や盾をもってドラゴンに勇敢に立ち向かう戦士や魔法使いが、新しいヒーローだ。
このゲームで良質のグラフィック、素晴らしいサウンド、プログラム、技術に触れられる。すべてがたった1本のゲームに結集している。このゲームを傑作にしているのは、こうした秘密の材料なんだ。

(写真:『ドラゴンクエストIII』購入のため並んで待つ日本のプレイヤーたち)

元々はアメリカ生まれの剣や魔法のゲームが東洋の国、日本で大ヒットになってるっていうのはちょっと奇妙だけど、とにかく、NES(訳注:Nintendo Entertainent System。ファミコンベースの海外向け任天堂ゲーム機)のゲームとして米国のマーケットに来たときの反応がどうなるか、すごく楽しみだね。



この議論は、私的には後付け結果論だ。「そう、『ドラゴンクエスト』の人気はマーケティングなんだよ」とか「知名度だね」とか「80年代にはそれが名物だったし、みんな今でもそのまま買い続けてるだけだよ」とか、端から眺めて言うだけならできるからだ。

しかし、それでは、検証を通らない。少なくともこのシリーズの、継続した成功の唯一の大きな理由としては。23年間にわたって数百万本を売り続けてきただけの推進力があるはずなのだ。出来が悪ければ、いつだってゲームは死ぬのだから。

『ドラゴンクエストIX』のDSでのリリースを日本人が当初、渋面だったことなどに意味はない。リリース後の今ですら、ゲームに不満があるプレイヤーたちは多いのだ。だが、こうした声がどれほどプレイヤーの大多数の声を代弁しているか知ることは不可能だ。……私としては、「さほど」と考える。まあ、こうしたことが「ただの文化的な問題にすぎない」という意見に多少、信憑性を付与することはあるかもしれないが。つまりだ、……

<実際、これは良いことなのだ。これが私が言いたいことだ>

……そう、西欧では実力を出し切れなかった作品だ。文化的違いはある。だが、「わかってないなあ」と一部の人々を故意に無視する制作者たちを私はこれまで見てきた。ここにもこの『ドラゴンクエスト』の人気がなぜかという疑問に対するゲーム的理由がある。1980年代のこのゲームのルーツに固執している、一見、血の巡りが悪そうなファンたちをむげに無視することはできないのだ。


(訳注:ファン寄りな制作態度が、『ドラゴンクエスト』を大衆のゲーム、引いては、大ヒットシリーズにしている1要因ということをまわりぐどく言ってます。)

日本のゲームの聖書、ファミ通の投票で、53.9%が、アクション・ベースの戦闘に移行するという、このシリーズの20年以上の歴史で初の決断に歓迎の意を示さなかった。明らかに、そのせいで決断は翻され、『ドラゴンクエストIX』はターン・ベースのゲームとしてリリースされた。

日本のRPGを嫌いな人に理解できないことがあるとしたら、このターン・ベースの戦闘の魅力だろう。しかし、これは長く持ちこたえてきたものなのだ。私はこのターン制戦闘システムについて熱狂的に歌い上げることだってできるが、しないでおく。この戦闘システムこそがゲーマーたちが、うきうきと楽しんでいるものなのだ。これは、制作者が怠けてしかたなく出来たような副産物などではないのだ。

以前、私は『ドラゴンクエストVIII』のレビューを興奮した筆致で書いたが、あれでようやくこのシリーズの魅力をじかに伝えることができたと思った。(訳注:そのレビューでも書いたが)、このゲームはタフなのだ。だが、究極にフェアだ。挑戦しつづける限り、どんな障害でも乗り越えられるのだから。

『ファイナルファンタジー』のような大作RPGシリーズも含めた、昨今の多くのゲームとは違って、『ドラゴンクエスト』では、常に次の新しいものを目の前にして、前進しつづけることなど想定されていない。プレイヤーは、ダンジョンから出て戻って(しかも何度も!)回復して、またやり直したり、死んで街に送り返されたりしなければならないのだ。このことが、『ドラゴンクエスト』の人気の理由に対する答えをまた狭めたはずだ。つまり、このシリーズの極度に入念なペースのほうが、理に適ってるのだ。ゲームとの触れ合いという真の意味では。

これは、『ドラゴンクエスト』がどれほど手間をかけて制作されているかということでもある。過去の遺物なんかじゃない。これこそが、1988年、私が11歳のときにセガのマスターシステムで『ファンタシースター』と出会ったときに直感的に理解し、好きになったものと同じものなのだ。あのゲームから私のRPGへの恋が始まった。要はだ、その極度の難しさにも関わらず、最後には勝てるということなのだ。これは、『ドラゴンクエスト』がプレイヤーに約束してくれていることでもある。そう、必ず、最後にあなたは勝つのだ。

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これを理解しているのはなにも私だけではない。東京在住のティム・ロジャース、あなどれないし、愛嬌もあるが、どこか信頼性の薄い(訳注:Something Awfulで2005年のゲーム批評家のワースト5に選出されていました)このゲーム批評家は、『ドラゴンクエスト』の進化をこうまとめている。

「『ドラゴンクエスト』の潜在的な哲学上の成熟度といったら、心が吹き飛ばされるほどだ。まちがいなく。ゲーム業界では、市場調査でこういう結果が出ている。つまらないものを追加した続編ほど、前作よりよく売れる。一方で、余計なものを削ぎ落としたゲームを作ろうなんて計画を、社の重役に納得させるには相当の覚悟がいる。だが、そのほうが良いものになるのだ」。

『ドラゴンクエスト』はあらゆる意味でシンプルだ。鳥山のバード・スタジオが提供するグラフィックは、明るくアイコンっぽい単純さがある。ターン制の戦闘はプレイヤーに考える時間をくれるし、実行する前に行動をキャンセルしてミスを繕うこともできる(たとえば、選択をすべて完了する前に、Bを押してキャンセル)。そしてまた、ターン制は、戦闘の後半で、戦略を使って盛り返すことだってできるのだ。ゲームの構成、…街、フィールドマップ、ダンジョンはすぐに頭に入るし、かつ危険区域はちゃんと隔離されている。

しかし、1つ本当に大きな要素、少なくとも、このシンプルさと同じぐらいに重要なことは、これらがすべて根気強さの報酬だということだ。

ほとんどの西欧の人間はわかっていない。だが、私の想像以上にはるかに、ティムはわかっている。『ドラゴンクエストV 天空の花嫁』のレビューにおいて、彼は詳細にこれを説明している。『ドラゴンクエストV』は、シリーズ中、ベストの作品としてしばしば議題に上がるが、臆面もなく、私はまたティムの洞察を引用しようと思う。

「…NPC(プレイヤーが操作しないキャラクター)は「世界」だ。『ドラゴンクエスト』に登場するNPCはすべて、ゲームに必要なものを提供してくれる登場人物なのだ。それぞれが、単純だが繊細な筆致で色づけされている。たとえば、彼らはみなシンプルだ。それは、主人公に「私の息子はお城で衛兵をしているのです」と語る街の女のように、だ。橋渡し役として働きもする。母親が戻ってこないことを心配する城の兵士のように。そしてまた、複雑でもある。「向こう側にいる赤いドレスの女は寂しそうだ」と語るバーの男のように。この場合は、プレイヤーが赤いドレスの女に話しかけると、彼女はこう言うのである。「寂しくないかって、あの男に訊かれるの、もううんざり」。そう、ここにあるのは、「人々が作っている世界」なのだ」。

「人々が作っている世界」。これは、MMO(訳注:ネットの多人数参加型ゲーム)が今のように人気を得るようになるまでは、米国では見慣れないゲームプレイ・デザインだった。MMOの場合、(『ドラゴンクエスト』のNPCとは)全く意味がちがうが。
こう言うと、異論のある人もいるだろう。が、意味は違うとはいえ、この「人々が作っている世界」こそが『シムズ』が目指し、達成したものであり、そしてまた、なぜ『シムズ』が人気があるかという理由そのものなのだ。私の言いたいことががわかってきただろう?


(訳注:「根気強さ=NPCに話しかけまくること」を遠回しに言っています。根気が要るが、これこそが「人々で作られている世界」という『ドラゴンクエスト』の素晴らしさである、と。)

1UPのJeremy Parishも、『ドラゴンクエストV』の大ファンの一人だ。こんな記事を書いているほどだ(訳注:『ドラゴンクエストV』にA+(最高評価)を与えているレビュー)。

「『ドラゴンクエストV』は僕が何年にもわたってゲームをしてきた中で、最も感動したゲームだ。思いも寄らない物言いに思えるかもしれないが、特に、昔からの伝統的な要素…。カクカクしたポリゴンで出来た『ドラゴンクエストV』の世界で、ずっと身振り手振りだけの、頭が大きくて、つぶれやすいモンスターたち。間の抜けたアクセントで(訳注:イギリス英語のことを言っていると思われます)語られる感動的かつ魅力的なストーリー。これがまた、あのニッと笑ったスライムと数えきれないほど闘うことに、きちんと意味をくれるんだ」。


(訳注:これも同上で、数えきれないほどの戦闘=根気強さ。けれど、それを納得できるほどの素晴らしいストーリーがある。)

ゲーム内容が純粋に楽しいからこそ皆から人気があるのだということ以上に、私には、『ドラゴンクエスト』のこの深いヒューマニズムの側面がきちんと理解されていないように思える。思い出してほしい、『ドラゴンクエストIX』もまた、主人公が守護天使となって、不正を正すために下界へ送られるというゲームなのだ。

<だから、こういうことなんだ>

『ドラゴンクエスト』は、人間的で、入りやすくて、大衆向けに作られていて、かつ、リスペクトと受けている有名なポップ・カルチャーのクリエイターたちによって制作されているゲームだ。そう見れば、このゲームがこれほど人気があることだって不思議じゃないだろう? この記事を見てみてくれ(訳注:おそらく、Siliconeraが独自に行なった、「秋葉原、有楽町、新宿、池袋のゲーム小売店で『ドラゴンクエストIX』を買った18歳から63歳の99人の日本人に『ドラゴンクエストIX』をどう思うか尋ねたアンケート」の抜粋)。最新作を買った人々のサンプルだ。『ドラゴンクエスト』は、誰もがやってみたいと思ってしまうゲームであり、その気になるように体裁だって整っている。このシリーズの成功は、当然であり、そうしてその理由を理解するのは本当はとても簡単なことなのだ。●



……備忘録代わりに簡単なまとめを。

どうして日本で『ドラゴンクエスト』がこれほど人気があるのかみんな不思議がっているよね。
『ファイナルファンタジー』と違って、北米じゃさっぱりな売上なのに、最新作は日本国内だけで300万本以上。しかも、この状態が20年以上続いてる。

けど、不思議がる一方で、みんなは「まあ、文化的な問題だろうね」で答えを済まそうとしてる。でも、『ドラゴンクエスト』の人気の秘密はそんなことじゃないんだよ。

まず、『ドラゴンクエスト』の人気の秘密を制作サイドから挙げると。
1. 鳥山明。北米での『ドラゴンクエスト』初作の発売時は、『ドラボンボール』をまだみんな知らなかった。そのせいで、間が悪かったうえに、ジャケットは酷いことになってしまった……。
2. すぎやまこういち、堀井雄二という、日本ではすでに著名だったクリエイターたち。
3. ジャンプの後押し。
4. ファン寄りな制作側の姿勢(ターン制戦闘を維持)

次に、ゲーム内容から挙げると。
1. 何度も挑戦して最後に勝つという、真の意味でのゲームとの触れ合い。
2. シンプルさ。(グラフィック、戦闘、わかりやすいマップ)
3. NPCがゲームに深く関わり、世界を作っているというゲームデザイン。(NPCの立ち位置はちがうが、『人々が作っている世界』がどれほど人気があるかは『シムズ』が証明している。)
4. ストーリーに溢れるヒューマニズム。

5. 根気はいるけどね

こうやって見ると、年齢を問わず人気があるの当たり前だろ?



察するに、「だって、あなたたち、根気ないんだもの…」ってはっきり言いたくても言えなかったんだと思います。
このかたは、『ドラゴンクエスト』が日本で売れる理由も、そうしてまた、北米で『ファイナルファンタジー』ほど振るわない理由も察しがついてらっしゃるんでしょう。
でも、それを露骨に言わないところ(いや、実は言ってるんですが)が慎重派。

もちろん、この分析が、「日本で『ドラゴンクエスト』が人気がある理由」なのかどうかは、推察の域は出ないでしょうけれど、少なくとも、私には大きく頷ける記事でした。ファンだからこそ書ける記事だなあと。私も、「血の巡りの悪そうな」ファンの一人だったので、通ずるものがありました。


余談ですが、エニックスってあの時代から、500万本って言ってたんですねえ…。ある意味、一貫してますな。



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posted by gyanko at 22:18 | Comment(33) | TrackBack(0) | ゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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