2009年10月27日

海外の「侍、大好き!」 - BBC制作『武士道』-

本日の題目は、1980年代初期にBBCが制作した「武士道」のドキュメンタリーです。

取り上げられているのは、天真正伝香取神道流。室町中期に創始された、日本の剣術の源流のひとつであり、剣術、居合、柔術、棒術、槍術、薙刀術、手裏剣術等に加えて、築城、風水、忍術等をも伝承する総合武術です(Wikipedia)。

ナレーションは全編英語ですが、天真正伝香取神道流第20代宗家、大竹利典(おおたけ りすけ)の朴訥とした語りが大変に力強く、その静かな存在感の厚みに引き込まれます。


Way of the Warrior - Way of the Samurai [1/4]


Way of the Warrior - Way of the Samurai [2/4]
Way of the Warrior - Way of the Samurai [3/4]
Way of the Warrior - Way of the Samurai [4/4]

再生回数28万7000回、コメント件数365件。この動画の人気が最も高い地域はこちら↓。

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■これ、すごく好きだ。武術の最高のドキュメンタリーだね。すごく冷静だし、美しく撮られてる。

■これはいい。日本文化はクールだな。

■日本国外で教えることは許されないんだろ? じゃあ、どうやればこれを学べるんだ?…率直な質問。

■この紳士はまさに剣の達人だな。素晴らしい。すごく面白かったよ。

■この国を出て、この人の弟子になりたい!

■↑貯金して、ヴィザをとって、彼に会う段取りをつけるんだ。ちゃんとした態度で臨めば、大竹先生はキミを生徒として受け入れてくれるよ。この動画だと、先生の深刻な面しか見れないけど、先生は実際、すごく暖かい人だし、寛容だし、そうして面白い人だよ。

■↑シアトルでRelnick先生がまだ教えてるはず。彼は大竹先生の直弟子で、香取神道流の師範だよ。

■あんなふうに生きれたらなあ……。

■侍って車もってるの?

■↑お前って脳みそもってるの?

■オレたち、外国人は日本文化を敬愛してる。多くの人が日本の伝統スポーツを学んでる。でも、日本人は彼らの文化を放り捨ててる。特に若い世代。どうして彼らはアメリカ人のようになりたがるんだ?

■↑アメリカ文化ってわけじゃないだろうね。世界共通の国際的文化ってとこ。日本でもロシアでも中国でもオーストラリアでもイギリスでもブラジルでも……共通の文化。

■面白かったのは、岩に矢を通した男の話、似たようなのが三国志の蜀の将軍、張飛の話であるんだよ。彼はただ楽しみで猟をやるんだけど、同じことになる。たぶん、年月が過ぎるうちに、こういう話が文化と溶け合って、お互いに深く影響し合うんだろうね。(+1)

■14世紀か15世紀に行けるなら、まず日本だな。大名同士の武力の戦い。剣がすべて。侍の誉れがどれほどのものか、戦う相手に対してですら敬意を払うんだ。わくわくするよね。で、同じ国に、忍術もある。ここに誉れはない。ただ静かに裏側でうごめく殺人者。まあ、彼らだって必要だったろうと思うけどさ。(-2)

■↑戦国時代の侍は主に弓、槍を使ったんだよ。剣は脇的なものだよ。

それと。忍術? 忍者は暗殺者じゃないよ。お前、ショー小杉の映画の見過ぎ。「しのびのもの」はスパイ。忍術というマーシャル・アーツの存在には歴史的な証拠はない。まあ、初見良昭(訳注:自称、戸隠流忍術三十四代目継承者)が出てきはしたけど。まっすぐな刀も当時はなかったしね。(+9)

■侍と刀。…究極のコンビネーションだな。

■↑オレと刀。…究極のコンビネーション。(-5)

■こんにちでもなお、真の侍が存在するとわかったことが素晴らしいよ。(+15)

■西欧化が武士道を殺した。(+8)

■↑経済上、効率が悪い存在だったんだよ。それが、銃や西欧の影響で早まった。でも、こういう「戦うエリート」たちは、世界規模で減少したんだ。同じ理由でね。お金、テクノロジー、そして文化っていう。(+3)

■偉大な刀匠が作った刀が、くだらない蒐集家によって買われて、奥にしまいこまれてると思うと、申し訳ない気持ちになるよ。人間はなにか間違ってるよね。

■世界中の人間が侍のライフスタイルを勉強して、ストイックに精神的な生活を送れば、……どんなにオレたちの社会が良くなるか。経済面でもモラルの面でも。(+1)

■いつも侍の精神にはものすごく敬意をもってるよ。(+4)

■00:35のとこ。フォードのマキュリー・クーガだよ。車の趣味が素晴らしいね。(+4)

■この人はまだ生きてるの?まだ鍛錬してる?フルネームはなんていうの。日本語でどう書くか教えて。この剣士に興味があるんだ。(+4)

■生きてるよ。いまだに世界で最高の剣士の一人だ。彼は流派の代表であり、トップの師範。名前は大竹利典(千葉県成田市)。(+4)

■「勇敢な侍になるには、黒き血を身のうちにもたねばならぬ」。侍が恐れを知らないのは、元々彼らが黒人の出自だからだ。白人出自だったら、戦いが始まる前に逃げ出してたろうからね。


(訳注:"For a Samurai to be brave, he must have a bit of Black blood".(勇敢な侍なら、少しの黒い血を持たねばならない)という成句が米国の黒人学の教科書で日本の諺として紹介されているという記述がネットにありました。また、こちらの日本の黒人についての記述にも、トップに日本の格言として掲げられています。……なんのことを言っているんだろう)。

■↑黒人の日本人を何人見たことがあるんだよ!アホが!

■侍=最高の戦士なんだな。

■素晴らしい。真の達人だな。

■Wow! こういう偉大な武士の伝統を引き継いで、教えている先生たちを尊敬するよ。

■これは本物だな。日本には、剣が最初に作られたその日からずっと、世界一の剣士が存在しつづけてるんだな。これまでも、これからもずっとだ。(+4)

■Wow、彼らは戦いを美しく、誉れあるものにしてるよ。(+4)

■この達人、機械みたいだよ。(-6)

■侍が攻撃してきたとき、ショットガンで撃ったら面白いことになるだろうなあ。(-6)

■唯一の問題は、この師範の剣の動きがすごく遅いってこと。江戸時代の本物の侍だったら、2秒で一撃、反撃、そしてまた一撃だよ。(-1)

■↑日本の武術の高位の形というのは、スピードより型を重視するし、技の実行がもっと重要なんだよ。…決して得ることのできない完全を求めて、こういう先生たちは精神的な鍛錬を重視してるんだ。(+1)

■遅い? 彼は型をやってるんだ。攻撃がくるまえにブロックしたり、相手が隙を作る前に攻撃したんじゃ意味ないだろ。彼は遅くはない。(+1)

■とても興味深かったよ。私は侍が好きだ。彼らは本当に誇り高い……Wow。(+1)

■すごく良い映像だった!日本から侍の刀を取り寄せようと思ってるんだけど、どんな刀がいいのかわからないんだ。誰かお薦めある? 丈夫なやつがいいなあ。

■↑居合か剣術はマスターしてるのか? してないなら、どうして剣をもちたいなんて思うんだ?扱えもしないのに。

■↑いや、やったことない。でも、剣の使い方は心の問題だと信じてる。何段かなんてことじゃなくて。(+2)

■↑7:55で「血流し」について言及してたね。傷口に刀が吸い付かないようにするためだって(刀を引き抜きやすくする)。これはちがうよ。引き抜くときに刃が吸い付くことなんかない。外科医に聞けばわかる。そうじゃなきゃ、本物の戦士か。(登場してる人たちがちがうって言ってるんじゃなくて、解説がちがうってこと)。(+3)

■↑正しい。僕は医学的な教育は受けてないけど、剣はわかる。「血流し」は間違った呼び名。溝のことだよ。日本では「樋」って言う。刃身全体に沿って溝を彫ったものは「棒樋」って言うけど、全部がそうじゃない。で、これは血とか体とは全然関係ないんだ。剣を軽くするため。これ以外にない。それと、たぶんバランスをとるためかな。


(訳注:「血流し」または「樋」。刀剣などの刃につけた細長いみぞ。刀を軽くするためにつけるが、振ると音がするため深夜の戦い等では嫌われる場合もあった。空気穴を作って、体から刃を抜きやすくするためという説もあり。)

■車、もってるのね………(笑。(+9)

■6:30のとこで驚いた。剣の鋼の層って100万もあるのか。で、計算してみたんだけど、これを30回折り畳んだら、10億層超えるよ!(+4)

■日本にトラはいないよ。残念ながらね。韓国で捕まえたのだけだ。日本のせいで、今は韓国にもトラはいなくなったけど。(-6)

■刀匠がハンマーで(訳注:刃ではなく)金床を叩いてたのはどうして?

■↑ヒストリー・チャンネルで見たんだけど、記憶が正しければ、あれは、打ち手とのコミュニケーションなんだよ。打ち手に、どのぐらいの強さで打つか伝えてるの。完全に正しい記憶じゃないかもしれないけど。(+2)

■アメリカを出て、彼に頼み込んで、道場に入りたい。そうして、僕からアメリカ人を取り除いてくれ。(+8)

■侍は偉大な戦士だ。UFC(訳注:アルティメット・ファイティング・チャンピオンシップ)や総合格闘技の源流だ。彼らが今、総合格闘技にある武術のほとんどを作ったんだ。偉大なる戦士たちに敬意を。そうして、偉大なる刀の王たちに敬意を。(+7)

■世界で数少ない、真の達人だね…。(+2)



海外のかたがたの「侍に対する夢想」がよくわかるコメントでした。特に、車を所有していることへの驚き………。

途中、武士がなぜ今存在しないのかという歴史の講義が繰り広げられたり、宮本武蔵の二刀流が一番なんだと荒れまくったあげく、日本人のかたに、

「わかった、わかった。……でも、そんなこと言う前に、剣術に関するちゃんとした歴史の本を読んだらどう? 香取神道流は1447年に始まって二刀もある。辰巳流(1504)も二刀があるし、柳生新影流(1568)にも二刀はあるよ」

と言われて沈黙する子供が出てきたり、ローマ帝国軍隊と侍がどっちが強いかとか、バイキングだったらどっちとか。……大騒ぎだったのですが、話がズレすぎだったのですべて割愛いたしました。


……それにしても。気になるのは、諺でございます。



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2009年10月26日

海外の大笑い -『ズームイン!!投稿ビデオ大賞』-

本日は『ズームイン!!SUPER投稿ビデオ大賞』からです。初めて見たときは、あまりの可愛さに大笑いいたしました。


Funny Japanese Kid


再生回数67万回、コメント件数1043件。この動画の人気が最も高い地域はこちら↓。

pianokidchart.gif


■この男の子が10代になったとき、同じことになりそうだな。

■↑あの女の子も10代になったら、同じことをするんだよ。間違いなくね。なんというビッチ(笑。

■あんな小さな子供に、なんという悲劇的結末。トラウマになったと思う。

■↑彼がこれからの人生で受けるであろう拒絶の、これが始まりなんだろう。

■ハハハハハハハ。もうただただ気が変になりそうなぐらいにおかしいよ。笑うのやめられない。

■人生の厳しさを勉強したね。……女の子は、日本でだって、メキシコでだって意地が悪いもんなんだよ。(+1)

■拒絶された後に、フリーズするところがもう、床に倒れて悲鳴あげそうなぐらいに大笑いだったよ。彼には同情する。先週の僕を思い出しそうになった……(+3)

■オーマイガ。ちょーーー可愛い。彼はリスクを冒し、そうしてそれを完全に拒まれた。日本の子供ってすっごい面白い。大好き。おかげで良い一日になったよ。

■こんな小さいな年で打ちのめされたか。…大人になれば慣れるよ。

■「なんでええええええ!!!!」こんな悲痛な叫びを僕はかつて聞いたことかない。本当に一度も。(+1)

■面白いけど、「なんで」って「What」だよ。「どうして」が「Why」。(-7)

■↑ちがう。「なんで」も「Why」の意味だって。(+2)

■↑「なんで」は「Why」だよ。僕、日本人だから。(+8)

■彼女こそがまさにビッチだな!かわいそうな子供だよ。あんな幼さで捨てられたんだ。彼の心痛は哀しいほどにわかるよ…(+1)

■ロック・リー(訳注:『NARUTO』)の人生そのものだな。(+4)

■この脚本はこれからの彼の人生で何度も何度も繰り返されるだろうが、できれば、そのたびに同じリアクションをとってほしいもんだね。(+1)

■小さきものよ、この世界へようこそ。(+7)

■人生とはこういうもの……(爆笑)。(+2)

■かわいそうに。でも、明るい面も見よう。この心の痛手のおかげで素晴らしい芸術家になるかもしれないじゃないか。(+1)

■いつか偉大な俳優になるだろうね!(+1)

■あの2番目の少女はなんという思い上がった愚か者なんだ!!! あの男の子を抱きしめてあげたいよ。(+5)

■0:44の「チラッ」はあの男の子をちらっと見たって意味。0:48の「無視」は無視されたって意味。それで、彼は花束をもったままフリーズ。あの小さな子には語彙が少なくて、倒れながら「なんでーーー」って言う他なかったんだ。たぶん、彼女に本当はこう言いたかったんだよ。「キミは僕に気づいてた。気づいてたでしょ。なのに、なんでなの?」って。(+5)

■(爆笑)。誰か彼に教えてあげないと。2人のちがう女性に花を贈ることはできないんだってことをさ!(+2)

■女性嫌いになっちゃうよ。(+1)

■爆笑したよ。もう。あの男の子の脳に刷り込まれたろうな。大人になって、また花を女性に贈るとき、トラウマになるよ。

■ハハハ!フラれたんだな。笑うのは申し訳ない気持ちになるが、これはもうしょうがないよね。(+1)

■人生の事実だよ。女の子はときに心の痛みをくれる。僕には彼の痛みがわかる…。

■女の子ってのは邪悪なもんなんだよ。(+1)

■信じられないぐらいに可笑しいよ。アニメ見てるみたいだった。(+1)

■素晴らしくおかしい。そのうえ、女というものが人生と愛において、我々を不幸にするってことが立証されたな。(+3)

■おろかなビッチだよ……あの小さな男の子をあんなに泣かせてさ。(+3)

■↑ま、そうだけど、彼女がいなかったら、こんなに笑えてなかったろうからね。(+2)

■かわいいけど、哀しいよ。(+5)

■かわいそうに。わかった、私がその花をもらうから、もう彼女のことは忘れなさい…(+3)

■拒絶の古典的一例。(+5)

■あんな年齢で失恋だよ。かわいそうに、大勢の人の前で倒れ込むほどのショック。見直したけど、彼女はあの子を断ったんじゃないんだよ。もっと悪い。存在すら認めないかのように歩き去ったんだ。これは痛え!(+4)

■あのドラマティックな倒れ方が大好き。「なんで!!!!」。かわいそうな子!(+6)

■彼が大人になったとき、このビデオを見たら楽しめると思うよ。はははは。(+3)

■女とはこういうものだよ。オレは知ってる。氷のように冷たいんだ。(+16)

■この可哀想な子供の名前わかる?

■↑桃太郎。(-2)(訳注:桜太郎の読み違い)

■↑どうしてわかるの?

■↑0:20の画面に出てるし、ナレーションが彼の名前を言ってるから。(+1)

■↑そうなのか。僕が日本語わかってたら、難しいことじゃないんだろうけど。

■↑そうだね。僕には簡単。日本人だから。ハハハ。(+1)

■↑今、勉強中なんだよ。一番の優先事項が日本語。僕はものすっごい日本オタクなんだ。だから、日本語ぐらいわかってないとだめだろ?(+4)

■↑一番の優先事項?こんな小さな国に興味をもってくれてうれしいよ。キミに幸運を。日本語はそんなに難しくないよ。(+2)

■↑大きさは問題じゃないんだよ。日本は素晴らしい国だ。日本語を習うのは大事なことだと思ってる。励ましてくれてありがとう!(+3)

■この日を境にゲイになろうと決心したろうね。……あのビッチのせいで(笑。(+3)

■(爆笑)。慣れろ。女はこの手のことをよくやる。(+2)

■どんな人にも起こることだよ。どんな人にもね。(+7)

■注意して聴いてればわかるんだけど、最初はなんかのCDなんだけど、皆が笑い始める直前で音楽が止まって、音楽がドラマティックで哀しげなものに変わるんだよ。爆笑。(+3)

■倒れたときの音楽のせいで、1000倍面白いんだよな。(+11)

■かわいそうな友よ。これほど若くして女を理解するとは(笑。(+9)

■若いときに学べる幸運な人々もいるってことだな!(+17)

■彼は大人になって、女のヒモになるんだよ。そうして、女は彼に惚れ、彼は彼女たちを捨て去る。ビッチな女へ借りを返すってわけだ。……男がなんだってこんなにクズなのかって思ってるよな。キミたち女性がオレたちをこうしたんだ……ハハハ。(+2)

■この子は、心のない男に育つかもしれないよ。ほしいと思う女を手当たり次第に全部手に入れるようなさ。だって、これはこの子から女の子に対する尊敬を奪い去った人生を変える出来事だったはずだもん。(+17)

■可愛いものっていうのは、おうおうにしてビッチ。(+11)

■女の子が花束を拒んだのはね、彼が他の2人の女の子にも花をあげるのを見ていたからよ!(+4)

■そう、あの男の子は女たらしだ。3人のうち2人はうまくいってるじゃないかよ!(+6)

■18年後。……この子は成人男性になる。そうして、女性ピアニストばかりをねらう連続殺人犯になって、死体のそばに必ず花束を添える。………ってなったら、全然おかしくないだろ!(+12)

■↑想像力あるなあ。映画作れよ。ハハハ。

■気にするな。あの少女はお前に合わなかったんだ!Youtubeにはたくさんの女の子がいる。しかも、彼女たちは間違いなくエッチなうえに嫉妬もしないぞ!(+13)



爆笑しつつも同情する声しきり。
動画内の男の子は、かわいい、かわいいの連呼とともに、『Naruto』のロック・リーに似てると何度も言われていました。サクラに振り向いてもらえないところとか、あのマッシュルームカットのせいでしょうな。

「なんで」が「What」と意味だと主張する声も何度か上がっていました。そのたびに日本人のかたが訂正、落着という流れ。難しいもんですなあ、日本語。



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<御礼>コメントの件数等、心配してくださったかたがおられるようで、ありがとうございます。このままでいいと言ってくださったかたがたにも、感謝いたしております。こんなブログのことをあれやこれや思ってくださるだけで、ありがたいなあと感じます。

多くの人に読んでいただけるのはもちろんとても嬉しいですし、ブログをやってる醍醐味の1つだろうとも思いますが、……それは時の運といいますか、そんなこともときにはあるということでございます。気楽にまいりたいと思っております。


↓『大神』Wii版、メディアクリエイト・売上ランキング初登場6位です。『アンチャーテッド2』が5位。1位は当然、『ポケモン』。『真・女神転生』、やっと供給が追いついてきたようです。

   
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2009年10月24日

五嶋みどり -ニューヨーク・タイムズ紙、1991年の記事 その3 -

さて、五嶋みどりの1991年のNew York Times紙の記事、第3回です。本日はこちらの曲から↓。
スカラ座でのズービン・メータ指揮、スカラ・フィルハーモニー管弦楽団。プロコフィエフ、バイオリン協奏曲第2番、第三楽章。1993年か1994年(22-23歳)。なにか音楽の神霊がおりてる感じです。

スカラ座:イタリア、ミラノの歌劇場。イタリアオペラ界の最高峰。天井桟敷の客が大変に口うるさいことで有名。ここで手厳しいブーイングを受けて、舞台を降りたオペラ歌手もいるようです。

Midori Goto Prokofiev Conc. 2, mov III


以前の記事はこちら。
五嶋みどり -ニューヨーク・タイムズ紙、1991年の記事 その1 -
五嶋みどり -ニューヨーク・タイムズ紙、1991年の記事 その2 -


1982年には(訳注:10〜11歳)、Midoriはジュリアード音楽院のプレカレッジ科(訳注:大学入学前の年齢向けクラス)でディレイに付き、学びはじめていた。かつて母親とそうしたように、膨大な数のレパートリーを全速力で、しかも、すべて暗譜で駆け抜けた。

この時期、彼女は異国であるアメリカ文化に合わせるだけでなく、平日の通常の授業、土曜日のレッスン、毎日の練習、そうして、声がかかりはじめていたコンサートのスケジュールをもこなさねばならなかった。「とても大変でした。音楽学校も初めてだったし、先生についたのも初めて。それに、あんなにたくさんの子供たちがいるところにいたことがなかったから」。そう彼女は不安そうに微笑する。

1983年、彼女の父親(エンジニア)と母が離婚した年、Midoriは彼女の名前から姓を外した。私が父親のことを尋ねると、彼女はこともなげに認めた。「父とは近しい関係だったことはありません。本当に、よく知らないんです」。彼女の家族の激変にもかかわらず、Midoriの青春時代は、窮屈で、時間につねに追われたものではあったが、快適に過ぎていった。Midoriが苗字を嫌がっていたようには見えない。それは単に、メジャーなキャリアへの必要な道だったのだ。そうして、Midoriにとって、メジャーなキャリアはもうすぐ目の前に迫っていた。

1986年7月。タングルウッドのじめじめと暑いその夜。Midoriはレナード・バーンスタイン作曲の「セレナード」を、作曲者自らの指揮によるオーケストラと演奏していた。E線が切れたのは、突然だった。が、Midoriは平然と、コンサートマスターからバイオリンを借りて、演奏を続行する。しかし、再びE線は切れる。彼女は今度はアシスタント・コンサートマスターからバイオリンを借りて、演奏は途切れることなく完奏されたのである。どちらのバイオリンも、彼女自身が使っていたバイオリンより大きなサイズだったというのにだ(訳注:当時、体が小さかったために3/4サイズのバイオリンを使用)。

「終わったとき、観客も、オーケストラも、指揮者も、歓喜の声を上げ、足を踏み鳴らし、口笛を吹いて、拍手喝采だった」とNew York Times紙にジョン・ロックウェルは書いている。この記事は第一面に「14歳の少女、タングルウッドを3台のバイオリンで征服」という見出しで掲載された。Midori自身は、そのときの大騒動に戸惑っていた。「彼女には、この大騒ぎがいったいどうしたことか、わかっていませんでしたね」。Midoriのマネージャーであり、I.C.M. Artist社長、リー・ラモンはそう回想する。(タングルウッドの奇跡のエントリはこちら。)


五嶋みどり タングルウッドの奇跡



I.C.M.は、こうした大衆との繋がりがキャリアを形成していくことを知っていた。だが、次にI.C.M.がとった戦略は驚くべきものだった。タングルウッドの大騒動を利用するのではなく、事務所は逆に後ろに下がったのだ。「我々は、雑誌も、いかなるテレビ局も、どんなラジオ局もすべて断りました」とラモン。「騒ぎがすべて鎮まり、キャリア形成のために、次に来る安定期に備えたのです」。

Midoriの場合、キャリア形成は、注意深く、時間と手間をかけて行なわれた。「手始めは、とってもゆっくりとやりました。1シーズンに8〜10までの契約のみ。すべて、学習プロセスを増やすために選び抜いたものです」とラモンは回顧する。Midoriは「観客との対応のしかた、ステージへのあがりかた、さがりかた。旅のしかた。指揮者とのつきあいかた。オーケストラの聴きかた」を学ばねばならなかったのだ。

初期、Midoriはしばしば地方のオーケストラや夏の音楽祭で演奏した。これは、ほとんど、ニューヨークの人目にMidoriを晒させないためだった。今、彼女は年間約80公演のコンサートで弾く。すべてメジャーなオーケストラであり、メジャーな国際的舞台ばかりだ。

ラモンは言葉を計算しながらMidoriのキャリアについて語っているのかもしれないが、彼女はMidoriの道を指図することに成功していたわけではない。関係者すべてが同意するのは、かなり初期からMidoriは、彼女が出たい公演にだけ出ていたということだ。

この頑固な気質は、反抗期が来てますます高じて、1987年には表面化する。Midoriは15歳でジュリアード音楽院のディレイの元を去る決意をするのである。Midoriによれば、これは、母親もディレイも事務所も、……誰も賛同しない決別だったという。なぜ彼女は、将来的に見ても、これほど痛手の大きい決定をしたのだろうか。

この質問への答えは容易には引き出せない。「どうして私が去ったかですか?去る時期がきたと感じたからです」。Midoriは私たちの最初のインタビューではこう言うだけで、答えなかった。ディレイは擁護的に認める。「彼女が非常に忙しくなったということですよ」。彼女の旅立ちは早すぎたのではないのか?「一般論で言えば、学校を去るのは早かったと言うこともできるでしょう。でも、彼女の場合、他に選択肢があったとは私は思いません」。それはMidoriの決定だったのか?「いえ、彼女の母親の決定だと思います」。ラモンにいたっては、さらに答えは曖昧だった。「ノーコメント。もし本当になぜ彼女がジュリアードを去ったのかが知りたければ、彼女に聞いたほうがいいでしょう」と。



まずはドロシー・ディレイ。ドロシー・ディレイは五嶋みどりを大変に可愛がったようで、みなが受けられるわけではないディレイのレッスンを毎週受けさせたうえに、要人がジュリアード音楽院を視察にくるときなどは、みどりのレッスン予定を必ずその日に変えさせ、演奏を披露できるように調整したようです。まさに特別扱い。
ディレイとの決別は、公演先での手違いから、母親である節がジュリアード音楽院側から「金銭(ホテル代)の不正請求」を疑われたためと言われています。


デビューは11歳。ズービン・メータ指揮のニューク・フィルハーモニック。これもディレイの仲立ちによるもので、初めてみどりの演奏を聴いたときのことをメータは「あの子はなかば天才、なかば怪物だった」と語っています。「じっと下を向いて音楽に打ち込むこの小さな女の子は、クラシックの演奏曲目で最も難しい曲の1つであるバルトークの協奏曲にまるで虎のように食いついていった。伴奏者がリズムをまちがえると、それを直したほどだった。誰もがびっくり仰天していた」。


レナード・バーンスタインとの共演は、1985年の広島平和コンサートのプロモーターによってバーンスタイン側にみどりの起用が打診されたことが縁。

バイオリンの弦を張り直すのは1分程度の時間でできるそうですが、タングルウッド音楽祭の夜は大変な蒸し暑さで、奇しくもオーケストラ員全員が上着なしで演奏することが決定していました。
そのため、いつもはコンサート・マスターのジャケットのポケットに入っているはずの弦がなく、これが不運を呼び、同時に幸運をも呼ぶ結果となったわけです(『母と神童』)。



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