2010年01月23日

海外の反応 - 王道、『源氏物語』の読まれ方 -

本日は、『源氏物語』でございます。


今更、わたくしなんぞの説明の必要もないかとは思うのですが、『源氏物語』は平安時代中期に成立した長編物語。文献初出は1001年。一説には、世界最古の長編小説とも言われます。

海外での出版は、末松謙澄(1855-1920)(訳注:外交官。のち、逓信大臣、内務大臣などを歴任。ロンドン赴任時に翻訳本を出版)による英訳本が1882年に出されたのが世界初。抄訳であることに加え、翻訳の質が原因であまり注目はされなかったようです。

その後、アーサー・ウェイリー(1889-1966)(訳注:英国の東洋学者)による翻訳本が、1925〜33年にかけて出版されました。これは欧米人に理解しやすいよう、原書にない説明を入れるなどしたため、原作に忠実でないとする批判もあったものの、当時のタイムズ誌が「現代作家でもここまで心情を描ける作家はいない」と評するなど、欧米で高い評価を得ました。
現在でも在日外国人記者などが、来日前に上司に薦められる書とも言われ、日本を理解する必読の一冊とされているそうです(Wikipedia)。


今日ご紹介する英訳版は、日本学者のエドワード・サイデンステッカー(1921-2007)版。
サイデンステッカーはこれまで最高の日本文学翻訳者とも言われ、川端康成の翻訳を手がけたことで知られています。特に『雪国』の翻訳は、1968年の川端康成のノーベル文学賞受賞に大きく貢献したとされ、川端康成自身から賞金の半分を手渡されているようです。
2006年、日本への永住を決意して来日。翌年に東京で逝去(Wikipedia)。


カスタマー・レビュー、全23件中、
5つ星:17件
4つ星:2件
3つ星:2件
1つ星:2件

82%が4つ星以上の評価です。

この中から、まずは60人中63人が役立つと評価したレビューから。

評価:★★★★★ もっともエレガントな翻訳
サンフランシスコ、米国


『源氏物語』は世界初の小説として名だたる作品ですが、辿った道は険しいものでした。この小説はほぼ1000年前のもの。そのため、私たちが楽しめるようにするまでには、(古文から現代日本語への)日本の翻訳者と英訳者という、2段階の翻訳ステップを踏まねばならなかったのです。

最初の翻訳は、アーサー・ウェイリーによるものです。彼の訳は美しく、今なお多くのファンの心をとらえています。ただ、自由に解説が当てられていたり、ときにおおざっぱな訳もあったりで、はたして原書の中身がどれだけ残っているのか疑問を投げかける人もいました。

最近の翻訳に関しては、2作品がどちらが傑作かという栄誉を競っています。Royall Tylerによる最近の作品は、助けになる脚注や背景解説が挿入されています。また、原書にかなり近いスタイリッシュな用語を使って翻訳している大変な労作です。ただ、同時に、(原書の)紫式部自身の表現方法の多くを訳し出しているせいで、読みづらいこともときとしてあります。

サイデンステッカー版は、正確さにおいて良質な作品です。散文(和歌)は、エレガントで原書に忠実。この本にしばしば出てくる和歌は実際、かなり優れています。
サイデンステッカー版は、忠実な完訳であると同時に、英語版のベストでしょう。Royall Tyler版のようには、式部のスタイリッシュなひねりかたを再現しようとはしていませんが、それゆえに、サイデンステッカーの翻訳は、より読みやすいのです。ただ、脚注を増やしても、邪魔にはならなかったろうにとは思います。

Royall Tylerの仕事には敬意を払いたいですが、私自身はサイデンステッカー版が読んでいて楽しかったです。おそらく、最良の選択は、両方の作品を読むことでしょう(時間があれば、ですが)。好きな場面だけを読み比べてみるのも良いかもしれません。どちらの場合でも、サイデンステッカーの詩はなくてはならない部分です。●



27人中23人が役立つと評価したレビュー。

評価:★★★★★ ただ一言、ファンタスティック

この素晴らしい本は、日本の平安時代の芳醇で魅惑的な世界へと私をいざなってくれたものだ。物語と登場人物において、紫式部の構成力は偉大だ。読み手に、宮廷の男女が織り成す愛と人生における数々の紆余曲折を見せてくれる。サイデンスティッカーは、この翻訳で素晴らしい仕事をした。ウェイリーが適当に流した多くの箇所をカバーし、読者の役に立つ備考を挿入してくれた。この本を一言で言うと、ファンタスティック、それだけだ。●



21人中18人が役立つと評価したレビュー。

評価:★★★★★ 素晴らしい一冊。

最初に『源氏物語』を読み始めたきっかけは、日本の歴史の授業で『源氏物語』について聞き、アジアの芸術の授業で『源氏物語』のイラストについて勉強したこと。読んで、衝撃を受けたのは、次の2点だ。
1) 小説の構成が時間の流れに拠ってないこと。2) 筆とともに、登場人物が成長していくという作者のキャラクター作りの才能。
恋人同士が、このときが千年止まってしまえばいいと願う場面など、信じられないほどに気持ちを掻き立てられる。…ある意味、この本が1000年のときを経ていることを考えれば、まさにそうなったわけだけれど。

物語は、人間の人生のすべてにわたる経験を味あわせてくれるし、一千年の昔の人々も現代の人々もさしてちがいはないのだと悟らせてもくれる。たとえば、とあるエピソードに私は腹がよじれるほど笑った。それは、主人公が望んだ女性に振り向いてもらえず、彼女の飼っている猫だけでもと、なんとか連れ帰ろうとする場面。なんというアホだろう。でも、同時に、これって『フレンズ』(訳注:1994〜2004年にアメリカで放映されたコメディ・ドラマ)にでも出てきそうな場面じゃないか?

実は、この歴史的作品にかなり興味があったにもかかわらず、私にとって最初の3分の1は苦闘だった。でも、本を読み進めるうちに、登場人物の描写や洞察に深みが増していって、読むのをやめられなくなったんだ。読むのが楽しくて、読み終わってしまうのが残念なぐらいだった。

私的には、ウェイリー版よりサイデンスティッカー版を選んだ。なぜって、省略されていないし、原書により忠実に訳されているから。それと、1650年代の版画の挿絵だね。カバーの傷みやすさに触れてる人がいたけど、私は、買ってすぐクリアなシートでカバーをかけたよ。5年経ってるけど新品同様。

唯一の不満は、和歌が翻訳では和歌になってないこと。日本語と英語の言語の差のせいかもしれない。翻訳の問題ではないかな。

私は『源氏物語』を強く薦めるよ。良い本を読みたい人や日本の歴史や文化に少しでも興味がある人になら誰にでも。この本の仕事の忍耐はきっと報われるだろう。●



4人中4人が役立つと評価したレビュー。

評価:★★★★ 光源氏の物語

紫式部による『源氏物語』は、平安時代の恋愛ドラマといったところ。この本は、光源氏の生涯と多くの人間関係を追いかけたものだ。主人公は光源氏だが、多くのサブプロットがあり、源氏が交流する平安時代の宮廷の人々の話も出てくる。

物語の中心となっているのは、源氏の多彩な恋愛関係。源氏は、美しく、教養ある男性であり、多くの女性たちが彼に惹かれる。彼は、何人もの妻をめとり、同時に宮廷内外で他の多くの女性と交際する。宮廷外での恋愛はスキャンダラスであるため、これはこっそりと行われるが、どの恋愛も色合いが異なり、女性たちはそれぞれ個性.をもって源氏に接するのだ。

物語は進むにつれて、ストーリーが次から次へ折り重なり、複雑になっていく。源氏に焦点は当たっているとはいえ、他の多くの登場人物たちがストーリーを作っているからだ。登場人物たちを通じて、あらゆる種類の人間関係が探索されていく。
家族の秘密はあばかれ、結婚問題に巻き込まれた男女は誰にも言わずに子どもをもち、ある女性をめぐって男性同士が火花を散らし、悪霊にとりつかれ死ぬものもいる。ほとんどの場合、メロドラマで観たようなストーリーがここでも繰り広げられるのだ。

この本は、あきらかに大人向けに書かれたものだ。関係の描写は細かいし、文章も、中の和歌も大人向けを意図している。著者は、読者を登場人物に感情移入させようとしているのだろうと思う。主人公の人となりがわかってくると、さまざまな人物との人間関係のゆくえに夢中になってしまうのだ。著者の目論見通りというわけだ。

登場人物に親しみを覚えるようになるまでしばらくかかるが、登場人物間の多彩な人間関係に興味が出てくると、すぐになじめる。いつも、スキャンダラスで予想外の出来事が引き起こされるせいで、読者はストーリーが進むままに読み進めてしまう。

この本を、私は日本の平安時代の文化に興味がある人すべてに薦める。これを読めば、平安時代の人々の暮らしを垣間見ることができる。散文調に書かれてはいるが、難しすぎて理解できないとか読めないといったことはない。メロドラマ風の筋書きも、興味をかきたてつづけてくれるだろう。常に、筋書きの少し先には驚きが隠されているのだから。●



32人中23人が役立つと評価したレビュー。

評価:★★★★★ 紫式部の疑問

『源氏物語』は議論の的だ。世界最初の小説と言う人もいれば、史上最も偉大な作品と言う人もいる。平安時代の情報源としては比類がないとも言われる。ある人にとっては風刺であろうし、またある人にとっては、素晴らしいラブストーリーだろう。これらはすべて、おそらく本当なのだ。読み手の視点や文化、また性別によって、変わるものだろう。

私の場合、素晴らしい自伝小説の1つとして読んだ。紫式部という、本名不詳の女性こそが、この物語の主役だ。源氏自身は、1つの記号なのだ。

紫式部が光源氏、あるいは彼のような男性を愛したのは確かだろう。この本の中には、紫式部がいる。世界の文学の中でも最も素晴らしい閨房文学の1つであり、その中に彼女は、あらゆる場面で手を触れられそうに、生き生きと存在する。強い活力のある人格をもち、情熱的な性質で、自然への素晴らしい感性があり(慣習的な平安時代の人々の態度よりはるかに)、誰かを深く愛しつつも、思いを伝えることはできなかった人。

紫式部について、学者たちはこう言う。なにもわかっていない、と。だが、彼女の著作を読めば、まるで語りかけられるように彼女がわかるし、その力強さは決して忘れられるものではない。

この本は、遥かな時代からきた本だ。時代をくぐり抜け、物語構成、文化、慣習、その作家性まで、学者たちの議論を沸き立たせる。この本を書いたのは誰なのかという疑問など、ホメロスの疑問と同様、「紫式部の疑問」ですらある。
ホメロスという名前は実際には、似た詩の作者にも使える役に立つものだが、これについてなにかを知る必要は私たちにはない。紫式部もまた、知る必要があることはすべて語ってくれているのだ。1000ページを超える、400人の登場人物が出てくる、多くの多くの和歌の入った、この本で。私たちが迷うことはない。

私は、紫式部のこの本が未完であるという考えが好きだ。そうして、どこかで続きの章を今も書いていると想像するのが好きだ。そうして、11世紀の日本でこれほど深く愛を知っていた誰かが、多少なりとも特別な待遇を受けていたかもしれないと考えることが好きなのだ。●



最後は、参考までに、9人中5人が役立つと評価した、1つ星のレビューの、物語に対する不満部分を抜粋してお送りいたします。こちらも、別の意味で興味深いです。


評価:★ これが称賛されているとは、耳を疑う。

ストーリーは、御簾の後ろで隠れて暮らしている女性たちを追いかけるという、平安時代の上流階級の男の好色な冒険譚だ。彼女たちは、姿を見せることもない。これは、ロマンスとしては面白くなりそうな要素なのか?初期の騎士道の物語みたいに?そうでなければ、少なくとも、異文化の人間が他国の人生を窓から眺める楽しみがある?答えは、「ほとんどない」。

物語の基本構成は、誘惑とレイプ話の連続で、それがあまりに長く続くせいで、登場人物が嘆き、死ぬものすらある。少女たち、…まれに女性たちからも、源氏や他の男性たちの社会的地位や美しさにあてられて、自身を差し出すこともあるが、少女たちは男性を見る目をもつだけ成長しているようなのに、決定的に情熱が不足している。

ストーリーはおおざっぱに言えば、同じ筋道を辿る。まず、男が偶然、少女を見かける。とある家で彼女についての噂を耳にする。男は求愛活動を開始。通常は、使いの者に詩を送り届けさせる。少女のほうは気乗りせず、返信のしようがわからない。男はプレッシャーをかける。少女はなおぐずぐずとして、戸惑っている(男の関心にきちんと返信しなかったことに罪悪感を感じながら)。プレッシャーはなお強まり、完全な無理しいになっていく(例としては、男が御簾を押しのけ、着物の袖をつかむ)。そこで、物語は突然、結末へと飛ぶ。人生ってなんてはかないんでしょう…という嘆きになることもしばしば。これの繰り返しだ。

最悪なのは、登場人物の人格が薄っぺらいこと。女性は、日がな一日、囚人のように暮らしていて、これでは成長の余地があまりない。美しいし、琴を弾いたり歌を歌ったりもできるし、良い詩も書けるが、属性としては幅が狭いため、一人一人のキャラクターを際立たせられなくしてる。会話が始まると、名前がほとんど呼び合われないせいで、読んでいて注意が逸れてしまい、集中が難しいのもある。

似た問題として、男性の行動が侮辱的だ。昔のモラルは現代とはちがっているから、こうした古典を読むときは普通、分けて考えねばならない。でも、この本の場合、それがあまりに長く続くので、我慢ができなくなるのだ。
物語中の男性はほとんど例外なくガツガツとしている。源氏を称賛する現代の人々は、モラルの違いを考え合わせているのだろうが、男性たちはちゃんと、(訳注:当時としても)自分たちの行動が自身の評判を傷つけるものだということがわかっているし、少女たちの中には精神的傷を負うものまで出てくる。死をいとわないほどに、だ。

たとえば、物語初期では、源氏は、とある少女と秘密で一夜をともにするが、不幸にも彼女は夜中に死ぬ。もともと源氏は彼女と一夜をともにすることは許されない状況であったため、ここで2つの問題に直面する。1) 少女に仕える者が彼女の死を人々に伝えたがったこと。2) 古典世界での死体遺棄問題(山寺があってよかった!)。彼女に仕える、他の女官たちは、なぜ彼女が死んだのかがわからず、悪夢の中を暮らすことになる。これが、時を越えた不朽のロマンスだって?

源氏の最愛の妻の死に始まる最後の500ページあたりから進行はのろい。残り300ページになって、源氏が死ぬと、物語が良くなる。三人の姉妹たちの物語が描かれ、数人の男たちの成長を追っていくのだ。心理学者は、人間の物事の記憶は、最も緊張したときや最後の瞬間がもっとも強いと論じているが、たぶん、この本に肯定的なレビューを書いた人たちは、最後の数百ページが作品全体の印象に勝っていたのだろう。

この本への称賛を理解する寛大なやり方もある。でも、時を越えた作品の主役であるはずの、この光源氏の現代版を最近、私たちは見ている。このレビューを私は、カリフォルニアで11歳の少女を誘拐し、18年間返さず、2人の子どもまで産ませた男が逮捕された一週間後に書いているのだ。これは、光源氏が最愛の妻にした仕打ちと、面白いほどそっくりではないか。(光源氏は彼女を10歳で誘拐し、自分好みの女性に育てた)。●



この否定的レビューは、長文で熱心かつ生真面目に書かれていて、決して茶化したり、斜に構えたものではございません。最初は、なかなか日本ではお目にかかれないレビューだなあと圧倒されつつ読んでいたのですが、…最後の一段は、うーん。……昨今のアニメやマンガの規制を叫ぶ声の主たちは、こんなふうなかたがたなのかしれないなあと、ちょっと思いました。

『源氏物語』が許せないとなると、いわんやマンガをや、でございます…。



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posted by gyanko at 18:00 | Comment(125) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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