2010年03月30日

海外の反応 - 夏目漱石の『こころ』-

本日は、夏目漱石の『こころ』の米アマゾン・カスタマーレビューでございます。

すでに著作権が切れており、青空文庫で読むことができます。あらすじは、こちら

全レビュー47件中、
5つ星:27件
4つ星:12件
3つ星:3件
2つ星:1件
1つ星:4件


Wikipediaにによれば、恋愛をめぐる友情の裏切りとその清算という筋書きを通して、「人間のエゴイズムと倫理観の葛藤を表現」した小説。同時に、「明治天皇の崩御、乃木大将の殉死に象徴される時代」背景の中で「大正という新しい時代を生きるために、登場人物を「明治の精神」に殉死させ」たのだそうでございます。


まずは、109人中104人が役立つと評価したレビューから。

評価:★★★★ 友情と自己犠牲の影
マサチューセッツ、米国

多くの例外はあるとはいえ、西欧の古典小説といえば、プロットと多少のアクションで小説を形作ることに重点を置くのが普通だ。が、日本の小説は、まず人間感情に焦点を合わせ、プロットがかなり控えめな二の次となる場合がしばしばある。夏目漱石の小説はまさにこの骨子に乗っ取ったものであり、『こころ』はその典型例だ(「こころ」とは、ハート、フィーリングを意味する言葉)。

この本は三部構成である。第一部は、「私」と先生の人間関係を探っていく。孤独で知的、世間とほとんど接点をもたないが、純真な「私」に人生を語る「先生」。一方、「私」は、カルロス・カスタネダ(訳注:ブラジル生まれのアメリカ人作家)の『呪術師と私―ドン・ファンの教え』(訳注:インディアンのシャーマン、ドン・ファンに弟子入りしたカスタネダの体験記)を淡く思い出させる。というのは、「私」は納得することを断固として拒む人物なのだ。

第二部は「私」と両親の関係が描かれている。第三部は最も長いパートであり、若い「私」に、なぜ自分がこんな人間なのか、つまり自身の人生を語る先生の遺書である。ここで、先生と、お嬢さん、そうしてKという一人の男の関係が深く探られていくのだが、プロットと言っていいものはほとんどない。恋愛の三角関係であり、2人の人間が自殺するにもかかわらず、夏目漱石が注力するのは人物の思考であり、行動の詳細ではないのだ。

漱石の技巧は、人格の探索で読者を魅了できるほどのものだ。ゴテゴテとした心理分析も、セックスも、壁を叩くほどの絶望も、特別な解釈もない。…たとえば、まず第一に「私」がなぜ先生を好きなのかすら説明はないのだ。だというのに、小説の終盤になると、読者は、「私」と先生、そうして哀れなKに強烈なイメージを抱くにいたる。彼らがなぜそうしたのか、どう感じたのか、そうして、世界の偉大な文学がそうであるように、人間のどうしようもなさ、人生のむなしさを理解することになる。

こうも言えるかもしれない。漱石は、人間の友情のさまざまな影を描き、真の友情とは本当に存在しえるものなのかを問っている、と。当然、そこから導き出されるのは、私たちはみな一人ではないのか?という問いかけだ。

人間は自己犠牲を語るが、利己である場合のほうがもっと多い。孤独の神殿で犠牲になるのは自身ではなく、他者なのだ。この本には普遍的なテーマがあり、だからこそ再読してしまうほどに面白い。
現代日本文学への最初の良い1冊を探しているなら、この本は確実に素晴らしい選択だ。……成熟した、示唆に富む、よく出来た一冊である。●



次は45人中41人が役立つと評価したレビュー。

評価:★★★★★ 愛、忠誠、そうして喪失

愛。忠誠。喪失。これらは日本の芸術に見出されるテーマであり、『こころ』にはそのすべてがある。「こころ」とはハート、ソウル、あるいはスピリットのことなのだが、この本はまさにそのタイトルに忠実だ。薄いこの本の中には、魂の遺書があり、若者と年老いた者の、男と女の、そうして古代と現代の心が並列している。愛とは何なのか。友情とは何なのか。責任とは何なのか。

文章のスタイルはゆっくりとしていて、繊細だ。考えや言葉は正確で簡潔。翻訳は、原文に確実に沿っていて素晴らしい。思考についても、自然な人間感情を描いているので、ほとんど解説は必要なく、万人に理解できるものだろう。
ただ、重大な、乃木大将の殉死のような文化面での出来事には抜け目なく脚注がつけられ、物語の理解を深めてくれる。

基本構造は、先生とその妻、若い男とその家族のシンプルなストーリーだが、そこに感情が綴られ、それこそがこの小説の焦点だ。

全体として、非常に日本的な味わいの小説ではあるが、国の垣根を越え、「こころ」の内側をまさに掴んでいる。●



21人中20人が役立つと評価したレビュー。


評価:★★★★ 呆然とするほど見事

『こころ』において、漱石は、簡素な文章で読者を感心させつつ、同時にゴージャスで、視覚的に唖然とする言葉にも決して不足はない。美しい文章で描かれながら、この本は人間の欲望の最も基本的な部分を呼び覚ます。…そう、交際への欲求とそれを奪われたときの結末だ。●



批判的なレビューの中で、最も役立つと評された(9人中9人)レビュー。


評価:★★★ ゆっくりではあるが、詩的な死…悲劇的な主人公の誕生

夏目漱石は、全編を通じて、徹頭徹尾、動かない、あるいはほとんど動かない登場人物たちの小説空間を作り上げた。すぐにわかるのは、小説が、先生という男に中心的に焦点を当てていることだろう。過去が謎に包まれたこの男は、物語の最終で謎が解き明かされるまで、サスペンスに満ちた好奇心を喚起してくる。

若者と先生の関係は、双方にとって寂しさを慰めるものなのだが(若者は現代の東京育ち、老いた先生は妻と二人きりで暮らしている)、先生が決して話そうとしない謎めいた過去が影を落としている。語りから、先生が内面深くで葛藤している苦悩は感じ取れるのだが、その理由が明確に語られることはない。長い年月が過ぎ去った今もなお、先生は暗い不安に苛まれ続けているのだ。
先生の苦悩と不安に満ちた行動の理由が若いときの友人、Kの自殺であったことが明かされるのは、先生の遺書の中でであり、この遺書が物語の下巻全部を占めている。

遺書によって、私たちが知るのは、先生の最も傷ついた部分だ。そうしてまた、「お嬢さん」を巡る嫉妬から、先生がKに抱いた感情に対する罪悪感が日に日に重くのしかかっていったことがわかる。
実際、その感情の混乱の中にストーリーがあり、それがこの小説の中核でもある。悲しいことに、彼らは自分たちが犠牲者であることを知らない。後に先生の妻となる「お嬢さん」もそうだし、死んだような人生から逃避を図った師を前に、途方にくれる「私」も、ある程度そうだ。

最後になって、我々は、物理的かつ感情的な、ある種の解決策を見る。自らの人生を終わらせることで友への誠意を尽すという、当初からの先生の計画が実行されてしまうのだ。そこに悲しみはない。漱石は終盤、仮に先生が死んだように生き続け、消えることのない罪と、周囲、特に「お嬢さん」を巻き込む、妥協なき罪悪感が続くほうがはるかに酷いことだとはっきりと指摘している。

そしてまた、先生は「美」を死守しなければならなかった。真実や妻と二人の幸せを取り戻す機会を犠牲にしてでも、自らの死によってなされる復興の象徴として死ぬのだ。婉曲な言い回しではあるが、漱石は、正しい行いを通じて心の平和を取り戻させることに成功している。

結末にいたる頃には、我々は先生を、善良だが、究極の欠点があり、心底臆病な男が最後に正しいことをして人生を終えたのだと考えざるを得なくなってしまう。

不運なことには、臆病さやKへの嫉妬という、多くの問題を抱えた先生の内面をじっくりと描いていることが、この小説を読む上での大きすぎる障害でもあり、物語の進行を麻痺しそうなぐらいにゆっくりにしてしまっている。哀愁を引き出すことには成功しているが、多少、パターン化した苦悩の繰り返しな嫌いもある。登場人物が物語中で変貌するようなこともまったくないように思う。

実際、感情的な対立が心をダメにするという理不尽な波乱を描いているだけに、物語のロジックも回りくどいところがある。私としてはここが多少鬱陶しく、特に苛立ったのは、3部構成の中で、先生と「私」の関係が深まっていくさまを描いていた第一部の痕跡がまったくなくなってしまうことだった。
最初の部分の親と子にも似た関係に二度と触れないという、この終わり方では締まらないとは漱石は気づかなかったのだろうかと疑問に思ってしまう。ならば、小説の前半部分は必要がない。最終的には、英雄的な行動を取れる人間であることを立証した男の悲劇を描いた話なのだから、最後の遺書の部分だけで、愛に対する憂鬱な感傷は十分に辿れたろう。

この本が輝いていることは確かだ。愛が双槍のようだと論じる部分は特にだ。一人が愛を勝ち取れば、同時に相手から愛を奪ったという罪がそこにある。これが漱石の大きなメッセージであり、この物語を語ろうとした動機でもある。文章が、その最も重要な部分でもっと濃縮されていたら、さらに説得力があるものになっていただろう。はっきり言えば、最初と最後だ。もっと短い物語だったら、メッセージの強烈さが失われるなかったのだ。実際のところは、良く言っても、テーマが、薄められて過度にメロドラマ的になってしまっている。
こうしたことはアマチュア・ライターの特徴的な間違いで、よもや漱石のような伝説的作家の著作で出くわすとは思わないはずのものではある。●



最後は、1つ星のレビューを2本。最初は中で一番評価が高かった28人中14人が評価したレビューを。

評価:★ ほとんど信じられないぐらいに過大評価されてる

この本を再読したあと、現代日本文学のクラスで講義とディスカッションがあった。正直に言えることは、この本は僕が読んだ中で最も過大評価されてる本の1つだということ。

『こころ』は技術面で弱い。小説というものは一般に、起承転結の要素からできているものだが、この本は起か結しかない。これが起なのか結なのか僕は見分けられないでいる。
物語中で登場人物が死ぬというのは、明らかに読者の感情をいくばくか揺さぶる意図があったのだろうが、漱石の仕事はお粗末だ。登場人物の誰一人として面白くないし、登場人物が死んだことへの同情のようなものを押し付けられるという徹底的に一次元なものでしかない。
読者は登場人物のことを熱心に気にしてくれるものだと思い込んでいるかのようだ。そんな思い込みはどんな作家であろうとくだらないというのに、これが日本が生んだ最高の小説家の一人と考えられている人なのだからさらにとんでもない。

小説の大半は、なんの関連性もない描写に費やされている。漱石の達者な詩的言い回しを見せ付けるという言い訳以外に、なんの目的もない。10ページも読めば、絶対にこう自問するだろう。なにが言いたいんだ?常に、展開を暗示する文章がまた並んでいるだけの話。

本の全編は、極端なまでにありきたり。実際、『友だち』(訳注:ジョン・ノールズ)を読んだことがあるなら、下巻で話がどうなるかは正確にわかるだろう。出来事が予見できることと、登場人物の感情の鈍さが、そこに本来ならあるはずの哀愁を薄めてしまってるんだ。

こういう先が予想できる流れというのは、手の込んだ運命の必然性を強調するのに使うこともできるけど、そういう場合は、登場人物をすでに知っているか、理解している必要がある。そんな登場人物もいないとなると、読者はいつ終わるんだろうって思いながら取り残されるだけになる。

本の中で、人間関係の性質について、漠然と興味深いことをいくらか言ってもいるけど、そういうメッセージは随筆の形のほうがより明快だったろうな。話の下手さ加減、陳腐さ、不器用なほどの先のわかりやすさは、無価値だし邪魔。

夏目漱石の著作には、価値ある作品もある。『我輩は猫である』は僕の個人的お気に入り。でも、『こころ』は良作ではない。このとんでもなくダラダラした、先が読める、徹底的に陳腐な本を超える小説がたくさん日本で生まれていることを考えると、偉大な日本の小説としてのこの本の地位は、当惑する事実だ。

kono hon ga yahari dame de aru(原文ママ)●



24人中3人が役立つと評価したレビュー。

評価:★ ワーーーーオ、くだらないわ。

世界の文明の講義でこの本を読まなきゃいけなかった。この本はひどすぎる。どんな授業でも使うべきじゃないよ。前半は不必要だし、後半は劇的なまでに切り詰められてる。展開を暗示的に見せるのは良いところだけど、そこだけ、本の半分は要点がない。Kって人物にも問題があるよ。

なんで、同じ水泳場に行くんだよ?何度も何度も会いにいくのはなんでだよ?馬鹿馬鹿しい。本の残りも同じく馬鹿馬鹿しい。好きだった女の子がかぶって、友達がその女の子といっしょにいることに罪悪感を感じてないからって、自殺するやつなんかいないわ。いや、現代の話じゃないのはわかってるって。でも、彼女を誰かがゲットしたら、他の男は別の女の子を見つけるもんなんだよ。

どうして自分がこれを書いてるのかよくわかんないよ。こんな退屈な本を読まなきゃならなかったことにアッタマにきてんだと思う。僕と同じ状況のやつに同情するよ。この本と、本のテーマは随筆か短編で書くべきだった。そうしたところで何も失われないし、そうしたら誰の時間も浪費しなくて済んだろうに。このレビューで、この本を買わないってみんなが決心してくれるといいなあって思ってる。この本を買うぐらいなら、かわりに壁でも見つめてたほうが絶対マシだから!!!!!!!!!!!!!●




『こころ』を読んだのは高校時代なのですが、レビューを読みながら、え、そうだっけ?という箇所があり、読み直すことにしました。青空文庫、便利ですなあ。


今回、『こころ』のWikipediaを読んでいて、初めて「高等遊民」という言葉を知りました(Wikipedia)。「明治時代から昭和初期の近代戦前期にかけて多く使われた言葉であり、大学等の高等教育機関で教育を受け卒業しながらも、経済的に不自由が無いため、官吏や会社員などになって労働に従事せず、読書などをして過ごしている人のこと」だそうです。…いいですなあ…。



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posted by gyanko at 23:49 | Comment(67) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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