2011年02月26日

海外ブログ - 写真で見る80年代のニューヨークのアニメファンたち -

本日はこちらの海外ブログから。


80年代のニューヨーク・シティのアニメファンはどんな感じだったんだろう?


人気のあるアニメ・コンベンションっていったら、入場バッジを手に入れるために100人ぐらいが行列を作ることはわかってるよね。
じゃあ、80年代の話をしよう。あの頃、ニューヨーク・シティのアニメ・ファンダム全体のファン人数が100人もいるなんてことになったら、そりゃもう大変なことだったんだ!

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Saul Trabal(↑上の写真の人物)のおかげで今回、短い写真エッセイを投稿することができた。日本にペンパルをもってた友達の友達からもらったVHSテープでしかアニメを見ることができなかった時代の写真だ。

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↑この写真は、ニューヨーク・シティのアニメファンダムの中心となった人たちを正面から撮ったもの。カートゥーン・ファンタジー・オーガニゼーション(CFO)の集会だ。これは、当時のアニメファンたちが集まる中心拠点だった。

写真は、さあ、これからVHSテープでアニメを数時間、マラソンで観ようっていう直前。照明を薄暗くして、全員がテレビセットをじっと見つめてたものだ。テレビセットの横に立っている人たちから、これからどんなアニメが始まるのかっていうおおざっぱな解説もあった。そう、お察しの通り、字幕すらついてないアニメだったから(テープは日本の友人から送られてきたもの)。

左側のジャケットにネクタイの男性は、James Kaposztas。AMV(Anime Music Video。日本で言うMAD)を1度でも見たことがあるなら、多少は彼に感謝しなきゃいけないよ。なぜなら、AMVを最初に作ったのは彼なんだ(そして、CFOの集会で披露した最初の人でもある)。

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↑80年代の集会には、セント・マークス・プレイスのポリッシュ・デモクラティック・クラブ(ポーランド民主主義クラブ)の地階が使われてた。ホールの後方には、さまざまな物品を売るディーラーたちもいて、ファンたちはそこにたむろして話をしたりしてた。

あ、左から2番目の黒いトレンチコートの男は、僕。

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↑こちらが、当時のディーラーたちの店頭をクローズアップした写真。ここに写っているのはほとんどプラモデルのキットだけど、マンガやアートブックも買えた。

僕の記憶だと、あの時代のファンたちはVHSテープを売るってことはしなかった。交換するだけ。
実際、もっと規模の大きいSFコンベンションでも、ファンたちはVHSデッキをデイジーチェーンでつないで、ダビング・パーティをしてたもんだよ。

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↑あの時代、ニューヨーク・シティのアニメ・ファンダムには、どんなファンでも多少は恩義を感じざるをえないたくさんのヒーローがいた。その中でも、彼女、Patricia Maloneは特別な人。80年代のCFOの会長だ。

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↑あの頃のファンたちは、マンガを探しに、1つか2つあった日本の本屋にも出かけた。もちろん、翻訳なんかされてない!でも、だからって、買わずにいられるわけもなく…。たくさんのアニメのアートブックもここで見つけた。

この写真は、Zen Oriental Books店内のLawrence Sufrin。1986年の8月だ。

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↑Michael MozilloとJohn Cornetto。1986年の8月。アニメのアートブックを見ているところ。この頃のファンたちは、紀伊国屋にも行ってたんだ。2階にあった、マンガ・セレクションが素晴らしかった。マンガは、ファン最愛の日本の本だからね。

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↑あの頃、アニメファンになるっていうのは、ちょっとばかり骨の折れることだった。アニメとあらば、どんな端切れであっても、必死で闘って手に入れたものだ。
そして、多くのファンたちがこの情熱をレベルアップさせ、今度は自分たちの手でアニメを作りたいと願ったんだ。

写真に映っているのは、SVA(School of Visual Arts。全米で最大規模の美術系大学。漫画学科もあり、最新技法や日本漫画のトレンドも学べる)の学生、Pete StollerとBrian Cirulnick。

Brianが、彼の短編アニメーション、『Kilroy Was Here』のロトスコープ(訳注:実写フィルムを一こまずつ投射してトレースし、アニメーションを作るための装置)用に、スーパー8mmで撮影をやっているところだ。『Kilroy Was Here』は、1987年から彼が作り始めたアニメスタイルのテストフィルムだった。

この企画の前には、『宇宙戦艦ヤマト』のファン映画、『Desslok’s Revenge』も作ってたなあ。素晴らしい出来だった。

写真を提供してくれたSaul Trabalには、本当に心から感謝したい。
留意してほしいのは、ここにあげた写真は、あの時代のアニメ・ファンダムを本当に特別なものにしてくれた勇気ある人々のほんのわずかな一部を伝えているものに過ぎないということ。

最後に、あの時代の意味を総括してくれたSaulからの言葉を引用して、筆をおこう。

「大きな原動力はCFOだったと僕は信じてる。CFOがなかったら、アニメはアメリカの東海岸でも西海岸でもこれほど広がらなかった。CFOがなかったら、普及したにしても、もっともっと時間がかかったろうと思うよ」。●



コメントは、転載先のこちらから。

■『AKIRA』と『銃夢』を強制的に友達たち見せようとしてたなあ。1992年だった。

■↑同じく。オレの場合、『ロボテック』以外のアニメをみんなに見せようとしてた。

■同胞だ。オレは80年代初期、デンバーのCFOに所属してた。VHSフォーエバー!

■80年代後期に1〜年、アトランタのCFOの運営をやってたよ。天井の飾りや野球帽を除けば、僕たちの集会とすっごい似た感じだ。

VHS(Betaの人も何人か)を交換して、他の都市の人たちとネットワークを作る。常に、今持ってるアニメのリストを交換しあってたから、お互いのほしいものを把握できてた。ロウテクでのんびりした時代だったんだよね。

■勇気あるアンダーグラウンドのアニメ革命家の人たちに敬礼!

■アニメ・ファンダムって、『鉄腕アトム』か、『鉄人28号』、『マッハGoGoGo』あたりから始まったって僕は思ってたけど、そう?

■↑そうだな、…最初にみんながアニメに気づき始めたのって、こっちでアニメが2、3本、独立系の放送番組として放映されてからだからなあ、VHSより前の時代だよね。
ただ、(ファンダムは)テープに録画して、交換することができるようになってから、すべてが始まったんだ。

大きな要因の1つには、日本のスーパーがあるね。全米にちらばってた、こういう日本のスーパーが売ってたのは食料品だけじゃなかった。日本の家族や友人から送られたビデオテープが並んでる棚があったの。映画とか、ほとんどはテレビ番組ね。その中にアニメもあった。

で、これが進化してった。ほんの数年後に、友達と日本レストランに行ったときには、そこの廊下の先にも食料品といっしょに山のようなビデオテープが並んでたぐらい。

僕の仲間たちは、近所の日本のスーパーをうろうろして、何か面白いビデオ、新しいビデオはないかって目を皿のようにして探したもんだよ。問題は、番組名が漢字で書かれてたりすることだけじゃなくて、もっと酷いと、ラベルの手書きの字が汚すぎて読めなかったりってこともあったなあ。

■古いアニメのVHSって最高。ゾクゾクする。リサイクルショップでVHSのアニメ(なんと50セント!)を見つけるたびに、飛びついて買っちゃうんだ。

『ルパン』、『攻殻機動隊』、『バブルガム クライシス』、『オネアミスの翼』…。子供時代の思い出がゆっくりと蘇るよ。もう昔の画質最悪の予告編を見ただけで、鳥肌立っちゃうからね。

■『トライガン』、『ドラゴンボールZ』、『エヴァンゲリオン』、『行け!稲中卓球部』、いろいろ観たなあ。……地元のコミックショップからVHSで借りてくるんだ。

■80年代、僕は人とThe Right Stufっていう小さい会社を立ち上げた。アニメの配給に関わろうと思った理由の1つは、もう何回コピーを重ねてきたかわからないような(画質の悪い)テープを交換するのにうんざりしたから。クオリティの良い『鉄腕アトム』をリリースしたことは、僕にとって愛の作業だったよ。

■↑古典派アニメファンとしてありがとうって言わなくちゃな!

■↑おー、Right Stufか。90年代にオレの金を山ほどもってったなあ、キミんとこは。キミらが本社をアイオワのデモインから移転させなかったら、オレはもっとクールなアイオワ人でいられたのに。

■↑Right Stufはほぼいっつもっていいぐらい、セレクションが良かったんだよなあ。キミたちは、アニメを観られずに田舎町でくすぶってる僕たちみたいなたくさんの人間に、新作を買うチャンスをくれたよね。嘘じゃない。送料や手数料は記載以上になっちゃったりもしたけど、キミたちのおかげで僕のアニメクラブはいっつもハッピーだった。地獄の始まりは、結果的に言って、僕がアニメに金を使いすぎるってことが原因の大部分だしね…。

昨今は、みんなジャンプ系ばっかり観てるよね。僕は、またいつか本当のファンダムに戻っていくんだって希望をもってるよ。
最近のサイトを見たよ。ずいぶん変わった。いろいろ思い出させてくれてありがとう。

■最初の写真。手にとってるの『銀河鉄道999』だ(オレたちは、「uchuu choo-choo(うちゅーちゅーちゅー」って呼んでた)。松本の古典。

■この頃のことはよーーく覚えてる。兄貴が中学生でさ、文字通り、数百本のVHSテープをもってた。10分の1はコピーさせてもらったし、吹き替えも字幕付きもいっぱい見たなあ。良い時代だった!

■80年代にハーバード・スクエアで『Million Year Picnic』っていう店を何年かやってた。アニメはすっごい売れたねえ。
扱ってたのは、玩具、本、プラモデル、テープ、なんでも。ほとんどが日本から直接買い付けたものばっかりだった。幸運にも、日本から商品を買うためだけに日本語を勉強してるアニメ大好きなスタッフを雇ってたんだよね!

■こういう人たちの初期の努力で、今自分が良い思いをしてるんだなあ。アニメを見始めたのは90年代初め。SciFiチャンネルで、『吸血鬼ハンターD』とか『ロボテック(マクロス)』、『獣兵衛忍風帖』を観てた。もちろん『AKIRA』も。

友達といっしょに地元のレンタルショップで手当たり次第、借りまくってたよ。アニメはいつも『専門』コーナーに置いてあって、借りるのはいつも競争だったね。そのうちに、もう1人友達が輪に入ってきて、彼に『ガイ妖魔覚醒』(訳注:1988年発売のアダルトアニメ)っていうのを借りてもらったんだ。………もうわかるね。良すぎた。10代の少年3人が、次の場面を目指して早送りだよ…。

■↑『ガイ妖魔覚醒』が、オレの地元の店に並んだときのこと覚えてる。借りたのは、オレが最初。見始めたら、プレビューに女の子がたくさん出てきて、………弟に部屋を出てくように言ったね。こんなのはオレは見ないしって言いながら。で、弟がベッドに行くのを確かめて、地獄のように見倒した。

それから、友達のためにダビングして、なに食わぬ顔でレンタルショップに返しにいった。もちろん、「こういうのは店に置かないほうがいいです」って言っといたよ。

■いまだに大学のアニメクラブの連中とつるんでるよ。アニメを見る人たちの変遷は、この目で見てきた。10年弱前なら、アニメをみんなでいっしょに見るっていうのは簡単なことだった。でも、今は、見たいものは何でもほとんどダウンロードしてしまう。魔法は消えちゃったよね。

それと、(みんなでいっしょにっていうんじゃなくて)「オレはお前よりアニメを知ってる」症候群がすべてをダメにした感じがする。

■仲間意識が消え去ったらどうなるかってこと。昔は、新しいテープが手に入ったよって言うのは、自慢じゃなかった。みんなに知らせて、いっしょに楽しもうってこと。今は、オレはこれを読んだ、これを見たっていう競争だ。

それから、20年前は、可愛い女の子に会えるもんなら、死ぬほど会いたかった。あの頃は、オレが所属してたグループに、女は一人もいなかったんだ。

■アニメをダメにしつつあるのは、萌えだよ。昔はシーズンごとに山ほど見たいアニメがあった。今は、1本でも独創的でよさげなのがあればラッキー。ハーレムも萌えもツンデレも巨乳もメカも、もういいよ!

■アニメのコンベンションで、『エヴァンゲリオン』も『AKIRA』も見たことがない子供に会うと泣きたくなるの。もうコンベンションにあんまり行かなくなったのもそれが理由。

■↑その感じわかる。香港のアニメ・コンに行ったんだけど、憂鬱になったよ。積み上げられた『ナルト』の商品に金持ちの子供たちがたくさん群がってた。

会場は人だらけ、どこのブースも大行列。アニメは昨今、あまりに巨大になりすぎたし、あまりに普通のものになってしまった。勇気も賢さも必要ない。みんなが大喜びしてるのは、(内容じゃなくて)「日本製だから」ってだけだよ。

■80〜90年代のアニメ・ファンダムは本当に苦労が多かった。一番良い例が、VHSの『エヴァンゲリオン』だよ。2話入って、1本30ドル。30ドルx13本で390ドル。おまけに、店でもオンラインでもシリーズ全部のセットを見つけられない。全巻ほしいのに、1回で買えないの。パーフェクトコレクションを見つけたのは2003年になってからで、DVDだった。BestBuyの店頭で見つけて、もう即買いしましたよ。

ニューヨーク・シティのチャイナタウンのエリザベス・モールにあった、言葉通りのアンダーグラウンド・ショップも覚えてるなあ。非合法のファンサブが入ったVHSで店中いっぱいだった。
ああいう時代が終わったってことが、僕にはうれしいことだよ。

■絶対に電話をかけられない友達がいたよ。3週間ぶっつつけでダウンロードしてるから、かけられないんだ。

あの時代は、クソみたいなアニメもたくさんあったもんだ。でも、配給がないから、しょうがない。どんだけ金を使ったか。

ここ数年で、素晴らしいアニメが出てきてるよね。『東のエデン』、『グレンラガン』、『さよなら絶望先生』、『デュラララ!!』、『バッカーノ!』、『マクロス フロンティア』、『時をかける少女』、『サマーウォーズ』、『鋼の錬金術師』、このあたりの作品がアニメを再起動してるよ。

■アニメがクソになったなんて、オレは言わない。あの当時は、手に入れられるものが最高のものだった。今は、ネットのおかげで、格段に多くの作品に出会えるから、その分クソなアニメも目につくだけ。

■↑今、僕のクラブで『東のエデン』を見てるところ(もう僕自身は見てるし、死ぬほど大大大大好き!)。『瀬戸の花嫁』(吹き替えが酷いけど)と『学園黙示録』もファンサービスてんこ盛りだけど、実際良い脚本だし、キャラクターも良い感じ。『BECK』はもう見てる?これもすっごく良い。『英國戀物語エマ』と『ARIA』はお気に入りの2本。アニメーションは美しいし、素晴らしいストーリー!

■僕はデンバーのCFO会員。集会は地階じゃなくて、アパートだったよ。アニメは、日本に駐在してるアメリカ軍人から直接、送ってもらってたから、コピーのコピーなんてことはなかったな。ただ、吹き替えも字幕もないから、自分たちで

今の子供は、自分たちがどれほどラッキーなのかわかってないよな。

去年、僕たちのところにテープを送ってくれてたやつにばったり出くわして、昔話に花を咲かせたよ。沖縄にいたアメリカ軍人たちがいなかったら、AnimeNetworkもCrunchyRollもアニメ・コンもなかったろうと思うよ。



…楽しそうな写真ですなあ。
テレビの形が懐かしい…。



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posted by gyanko at 17:06 | Comment(77) | TrackBack(0) | マンガ・アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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