2011年03月16日

海外記事:ワシントンポストが伝える東北地方太平洋沖地震

本日は、ワシントンポストから。


日本、三重苦の大惨事。犠牲者、増える。被災者、物資不足。

数百人の遺体が浜に打ち上げられ、沿岸の原子力発電所では緊急度が深まっている。数百万人の日本の人々が、一国を変貌させるほどの規模の大惨事を前にして、絶えることのない不安と哀悼、そして驚愕の中にいる。

まず地震、それから津波、そして、原子力発電所の危機。日本を三重に襲った災害による死傷者数は、正確に数えることはできず、把握は難しい。沿岸部の町の当局者たちは、家も、そしてそこにいた人々もことごとくが押し流され、遺体袋の数が足りていないと語る。

福島第一原発では、土曜日の第三原発に続いて、損傷した原子炉でまた爆発音が響いた。日本は、福島第一原発の部分的メルトダウンの被害の可能性を推し量り、それを食い止めようと努力している。

この核関連施設を所有する東京電力の担当者たちは、朝6時14分の爆発後に放射性物質が漏れたことを発表した。首相の菅直人によれば、放射能はすでに原子炉から広がっており、「今後、さらなる放射性物質の漏えいの危険が高まっている」という。

放射能への恐怖は、市場に大打撃を与えた。日経225採用銘柄平均は、14%の下落を経て、終値は10.6%減の8,605.15円。

地震と津波が東北沿岸部を壊滅させてから4日、米国地質調査所はマグニチュードを8.9から9.0に訂正、これは1900年以来の世界4番目の規模となった。

最も被害が大きかった地域では、50万人以上が押し流され、1万5000人が救助された。しかし、浸水した地域や瓦礫の中に取り残された人々を救助できる時間は、刻々と少なくなっていた。
当局は、約2000人の遺体が月曜日、被害の大きかった宮城県の沿岸で発見されたと発表。また、共同通信社の指揮の下、地元、宮城の当局が調査を実施し、壊滅した地域で約3万人が行方不明になっていることが判明した。

北には、不通となっている道路もあれば、燃料もほとんどない。救助・復旧隊の人々は、最も助けを必要としている地域へなんとか到着しようとあがいている。
避難所の被災者たちは、食料と水が足りないと言う。原子力発電所が損害を受けたことにより、日本の電力供給は激減しており、多くの避難所には、暖房もない。月曜日、日本では、節電の取り組みが国家規模で始まった。

日本政府が企業や団地に、定時になったら照明を使わない、あるいは電源を切るよう強く要請したため、月曜の東京はまるで一時停止しているかのように思えた。数百万人が外出を控えていた。
電車は、制限されたスケジュールで運行し、また、東京の渋谷駅の、かの象徴的交差点も、いつもは照明と騒音の奔出の中にあるというのに、巨大映像スクリーンが消され、日本のポップミュージックも聴こえず、ただ足音だけが響いていた。

こうした節電の取り組みの多くは、自発的なものだった。だが、電力使用量の急激な落ち込みのせいで、混乱も生まれた。
東京電力は日曜、計画停電のスケジュールを大慌てで変更した。東電の取締役副社長、藤本孝は、電力需要が予想を下回ったため、いくつかの地域の企業に照明をつけるよう促した。これは、一般に向けた公示とは異なった。
枝野幸男官房長官は、東京電力の計画に正確な情報がほとんど織り込まれていないとして、東京電力経営陣を批判し、正確な情報の素早い公表を要請した。


こんな状態にありながらも、日本は、第二次世界大戦以来、最大の危機を、秩序をもって混乱と戦うという冷静さで対応しているようだ。
津波によって壊滅した大槌町では、家の上にフェリーボートが打ち上がっているほどだったが、この国の避難所は国中どこに行っても、人々は靴をきちんと入り口で脱ぎ、ゴミをリサイクルの種別にそって分別していた。

目に見える形での略奪(訳注:looting=戦争や暴動時の略奪を指す言葉)の形跡もなければ、犯罪率が上昇しているということもない。日本人たちは、長い行列で待つ間も冷静さを見せている。

目の前にあるのは、衰えることのない日本の礼儀正しさ、そしてみなで共通の気持ちを分かつことへの愛だ。
Twitterのユーザーたちは、取り残された人々や家をなくした人々がおにぎりを分け合っていると話していた。北へ向かう人々は、車で10時間かかる、その行程中、……一度もクラクションを聞かなかったと語った。
沿岸部が壊滅した県のコンビニエンス・ストアでは、店のマネージャーが自家発電装置を使っていた。この自家発電装置が停止し、レジスターがもう開かなくなったとき、行列で待っていた人々はみな、持っていた商品を棚に戻した。

東京の国分寺駅ですら、ほとんどの路線が不通となる中、朝の通勤客たちは、電車に乗るというただそれだけのために何時間も待ち続けた。
行列は駅から飛び出して、横断歩道を超え、通りに沿って、数百ヤードも伸びていた。JRの社員たちはスーツを着、白いマスクをつけて、通勤客たちを列へと誘導した。東へ向かうかたはこちらです、西に向かうかたはあちらです、と。

一方、沿岸部では数百マイルにわたって、安全が深刻に懸念されている。

福島第一原発では、水位が一時的に落ち込み、燃料棒が部分的に露出してしまった原子炉があり、過熱やメルトダウンのリスクが高まっている。

日本政府は、原発周辺の放射能レベルは危険なほどではないとは言っているが、数千人の人々が被爆検査を受けた。月曜、米海軍第7艦隊は、17人の乗組員の体や衣服に微量の放射性物質が検出されたため、原発から100マイル離れた地点まで艦隊を移動させた。

駐日大使、ジョン・ルースが月曜、記者団に語ったところによると、米国原子力規制委員会の専門家たちが現在、日本におり、日本側の原子力専門家と協議を続けている。駐日大使は、「日本政府があらゆる手段を講じ、この深刻な状況に対処すると確信している」と述べた。

福島、富岡町にある原子力発電所の近くで暮らしてきた関口ユキオ(64歳)は、太平洋岸からわずか数マイルの場所に住み、居酒屋を経営していた。海岸線から約500ヤード(訳注:約450メートル)、原子力発電所から約2マイル(訳注:3.2キロ)の場所にあり、仕事帰りに飲んだり食べたりする客たちで繁盛していた。
津波によって彼の家も商売も被害を受けたが、関口は、原子力発電所が津波と同じぐらいに危険なものになるかもしれないことは理解している。

「複雑な気持ちです」と彼は言った。「私には仕事がある。そして、原子力発電所の人々に支えられてきました。……でも、一番心配なのは、子供がいる家族たちです。放射能は目に見えないですから」。

一方で、東京の北では、生活必需品の量が少なくなりつつあり、店の外まで長い列が続いている。店の棚が空なのも珍しくなく、インスタントラーメンや米の需要が高い。

「今どんな状態なのか、私たちみんなわかっています。お互いに苦しみを分け合っています」と福島のスーパーマーケット店主、チョウナン・ヒデノリは話した。この店では、数百人の人々が、開店時間の何時間も前から店が開くのを待っていた。●



募金先一覧

赤十字も募金受付が始まりました(コメントでもお教えいただきました。ありがとうございます。)(追記:リンク先訂正、ありがとうございました。)



不必要な買いだめが、品不足を余計に加速させ、被災地に届ける物資が足りなくなる恐れも指摘されているようです。
冷静にまいりたいものでございます。


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2011年03月15日

海外記事 - 気遣いと礼儀:巨大地震に傷ついても、失われない日本人の国民性 -

本日は、記事を2本。

まずはニューヨーク・タイムズから。


日本に心を寄せて、そして賞賛を。

私たちは今日、みなが日本に心を寄せている。恐ろしい地震が日本で起こったのだ。これは、日本の地震計測史上最悪の地震だった。

しかし、ニューヨーク・タイムズの東京支局長として日本に住み、1995年当時、神戸の地震(6000人以上の人たちが亡くなり、30万人以上が家を失った)を報道している私は、こう言わなければならない。
この数日、この数週間の日本を見ていろ、と。私は断言しよう。私たちは、ここでもまた日本から学べるはずだ。

私が言っているのは、日本政府の地震対策の上手さのことではない。
1995年の地震の際、日本政府は救援の取り組み方を完全に誤った。
政府の規制機構は、他国から送られたタイレノール(訳注:アメリカで市販されているアセトアミノフェン系解熱・鎮痛剤)や捜索犬を押収してしまったのだ。地震直後の混乱の数日、まだ瓦礫のしたには生きている人たちがいたが、日本政府の無能ぶりのために、死ぬ必要がないのに死んだ人もいた。

だが、日本の人たちとなると、その忍耐、禁欲ぶり、秩序といったら、まさに高貴であった。
よく使われる日本語に「我慢」という言葉がある。これに相当する英語は実はないが、「toughing it out」(がんばり抜く)が多少、近い。
神戸の人々の行動は、まさにこの我慢だった。勇気をもち、団結し、みな共通の目標に向かう決意を抱いていた。私たちは、これに畏敬の念を抱いた。

日本に住んでいた数年間、私はしばしば日本の秩序や礼節に感動したものだが、神戸の震災のときほどの感動はない。
神戸の港はほぼ壊滅し、街中の店の窓ガラスが割れていた。私は、略奪事件や救援物資を乱暴に奪い合う光景がありはしまいかと探していて、ついに2人組の男の強盗に遭ったという店舗経営者を見つけだし、喜んだ。
私は彼にこう尋ねた。「同胞である日本人が、災害の隙に乗じて犯罪を起こすことに驚きましたか?」。すると、彼は驚いた顔をし、こう答えた。「日本人の話じゃないです。外国人でしたから」。

日本には最下位層の人々もいれば、見下されている民族もいる。
だが、他国と比べると、日本には極端な貧困層はほとんどなく、みな共通の目的意識が強い。中産階級が非常に多く、企業の重鎮たちは伝統的に、羽振り良く見られることを嫌がる。
こうした共通の目的意識が日本の社会的な基盤であり、特に自然災害や危機の際に目に見える形で露わになるのだ。

私は誇張はしたくない。日本の礼節は、学校や職場のいじめ問題、違法行為から利益を得ているヤクザのようなギャング、賄賂を贈ることで納税者から金を吸い上げようとする政治家や大手ゼネコンといった問題を覆い隠すものでもある。

しかし、神戸の震災後、そのヤクザですら、被災者たちに物資を供給するカウンターを設置したのを見たときは衝撃だった。日本社会の基盤は決して崩れることはなかったのだ。いや、皺すらついていなかった。

こうした禁欲主義は、日本の言葉にも組み込まれている。人々はいつもこう言う。「しかたがない」と。つまり、「it can’t be helped」ということだ。そしてまた、相手に対して最もよく使われる言葉の1つに、「がんばってください」がある。これは、「tough it out(がんばりぬいて)、be strong(強くあれ)」。

自然災害は、日本の「運命」、つまり「fate」であると考えられている。この運命と言う言葉は、運動(movement)と命(life)という漢字を組み合わせたものだ。
私は、前に読んだ古い報告書を思い出している。16世紀のイエズス会修道士が書いたものだったと思うが、地震で壊滅した村で、地震から数時間のうちに農民たちが家を建て直し始めたという。

不平を言わず、みんなで復興する。これは、日本人の魂に染み付いているものだ。

短い間だが、私たち一家は日本の学校に長男を通わせていたことがある。小さな子供たちが真冬ですら半ズボンで学校に通わねばならない光景を私は決して忘れることはないだろう。なぜこうしたことをするのかと言えば、これが人間を作るのだという考え方からなのだ。

当時、私は、子供たちに風邪を引かせるだけだと思っていた。だが、これは「我慢」を教え込むための、一歩踏み込んだ努力だった。
そして、この「我慢」こそ、第二次世界大戦後の日本の復興を助け、1990年頃にバブル経済がはじけたあとの「失われた10年」を耐え抜かせたのだ。

実際、日本人はもう少し不平を言ったほうがいいのではないかとすら思う。たぶん、そうすれば、日本の政治家だって、もっと人々の反応に敏感になろうというものだ。

もう1つの要因に、自然との関わり方があるかもしれない。アメリカ人は、自然との関わりを「対立」と考える。自然をこちらが管理してやろうとする。
これとは対照的に、日本人は、人間は単純に自然の一部なのだと考える。自然の動きに合わせようというのだ。これは、歴史を通じ、何度も何度も繰り返し起こった地震に対してもそうだ。

1923年の関東大震災では、10万人の人々が亡くなった。
natureを表す日本語は「自然」と言うが、これは近代の言葉で、100年ちょっと前のものだ。というのは、もともと伝統的に、彼らには自然という概念を言葉で表す必要がなかったからだ。
神戸の震災後、Time誌でエッセイを書いたときも、同じようなことを何点か私は指摘し、17世紀の偉大な俳諧師、松尾芭蕉の俳句で締めた。

The vicissitudes of life.
Sad, to become finally
A bamboo shoot.
(うきふしや 竹の子となる 人の果)

日本の復興力と忍耐の中に、私は高潔さと勇気を見る。そして、これから、今度はみなさんがそれを目にすることになる。そう、日本の社会基盤、その強靭さ、復興力がきつく結び合って輝くときを見ることになるのだ。

そして、これは直感だが、おおかたの日本人が一丸となって復興に取り組むだろう。ウイスコンシンからワシントンに至るまで、対立し言い争って同胞が食い合う米国の政治モデルとは対照的に。

たぶん、私たちはもう少しぐらい日本から学べてもいい。
私たちは日本に心を寄せ、この悲劇的大地震にあたって心からお悔やみを言う。だが、同時に深い賞賛もまた、彼らに送るのだ。●



次はロスアンゼルス・タイムズから。


巨大地震が起こっても、日本文化の完璧なマナーにはほとんど影響なし。

家具の下敷きになって負傷した女性が、迷惑をかけたことを謝っている。
こんな最悪な状況の中ですら、他人を気遣うという国民性が表れる。だが、これはほんの一例にすぎない。


東京からのレポート。― 彼女は年老い、独りだった。傷つき、苦痛の中にいた。
巨大地震が襲ったとき、重い本棚が山下ヒロコの上に倒れこみ、彼女は身動きがとれなくなったのだ。足首が粉々になっていた。

救急隊員たちがようやく駆けつけ、懸命の救助作業を数時間、続けたその後、山下は「どんな人でもそうします」と彼女自身が言った行動をとった。
彼女の義理の息子が、あとになって話してくれたことによれば、彼女は隊員に面倒をかけたことを謝り、先に助けなければならない人はいなかったのかと尋ねたという。

燃え上がるビル、水に沈んだ沿岸の町、損壊した道路、いつ不安定な状態に陥るともしれない原子力発電所。日本の記録史上最悪の地震の爪痕だ。
だが、これほど最悪の状況ですら、他人を気遣うという、日本人に深く根付いた国民性にはほとんど影響がなかった。

日本語は、儀礼上の謝罪に満ちている。あまりにしばしば謝罪の言葉が出るため、ほとんど意味がなくなるほどだ。人に迷惑をかけそうになったらすぐ、「すみません!」なのだ。謝罪の中には単なる形式にすぎないものもある。
しかし、危機を迎えた今、こうした礼儀が、一国を一つに繋ぐ接着剤になりえる。

金曜日のマグニチュード8.9の地震は衝撃的で大混乱を呼ぶものではあったが、自分自身の不安を赤の他人に抱え込ませようなどと考える日本人はほとんどいないだろう。

たとえば、東京までの長いフライトの間のことだ。飛行機が本当に首都空港に着陸を許可されるのかどうかは、最後の数分までほとんど五里霧中だった。
飛行機の中で、50代のビジネスマンが隣席の人に、今後のプランや不測の事態になったらどうするかを熱心に尋ねていた。

どこに滞在するのですか?なぜそこに?ええ、まあ、今度の引越し先は前より良いところなんですよ。あなたは誰かとお会いになる?引き受け先のかた?

が、9時間のフライトの最後になって、彼はほとんど戸惑ったような小声で打ち明けた。近縁の親戚が行方不明になっていること。彼女が無事なのかどうか確かめるために、彼が北へ、津波に襲われて浸水した地域へ向かおうとしていること。

彼はシートベルトをいじくり、心ここにあらずといったふうにあたりを見回すと、彼女が生きていることを確かめられるのでしょうかと、咳き込んだような声音で言った。

社会規範に起因しているはずの、こうした重く息苦しい従順さを快く思わない人もいる。
現代日本でさえ、本音を言ったり、あからさまに自分の要求を告げたりすれば、仲間はずれにされることもありうる。若者なら特に、歌舞伎のごとく門外漢にはさっぱり理解できない、こういう堅苦しい行動慣習に窮屈な思いをするときだってある。

だが、この国では、― 公共の場所で鼻がグスグスしだしたら、風邪を人に伝染させないようにマスクをつけるこの国では、ほとんどの人が自分たちの不安を人に見せまいと堅く決意しているように見えた。特別、客商売の人々はそうだった。

「自分の恐怖をお客様に見せないように、必死でした」とタジママサキは言った。彼は、東京の北、宇都宮にあるホテルのスタッフだ。

が、地震地帯に近づくほど、修練された礼儀正しさにもヒビは入った。東京の北、約130マイルにある郡山のガソリンスタンドでは、燃料が切れたことへの不安から興奮する客もいた。12年間、スタッフをしているサトウケンジは、皆を落ち着かせようと何度も謝罪を繰り返した。
「すみません。もうガソリンがないんです。本当にすみません」。

とはいえ、他の場所では、秩序と冷静さという根っからの本能が、厳しい最中にも保たれた。東京や東京近郊では、いつもなら時間通りの、頼りになる輸送手段の多くが、地震によって不通になった。
しかし、主要線のいくつかにようやく電車が現れたとき、そこにあったのは、いつもの出勤風景と変わらない、秩序だった乗客の列だった。

そして、電車に乗り込むと、人々は静かに座り、着信音を聞き取れなかっただけではないかと祈りながら、携帯電話を見つめた。

「押し合いへしあいなんて野蛮な行動ですし、そんなことしてなにかいいことあるんでしょうか?」。東京のはずれ、混雑した電車に妻が乗るのを助けながら、そうサエセキ・コージョーは言った。

都心では、私が地震のときにどうしていたのかと尋ねると、ガラガラの地下鉄に乗った乗客たちは驚いて、当惑したような表情を見せた。
もし、私が答えを急き立てれば、彼らはそのときの話をしてくれたことだろう。何時間もエレベーターに閉じ込められていた。高層ビルが海上の船のように揺れている間中、デスクの下にかがんでいた。あるいは、窓の厚い安全ガラスに突然、蜘蛛の巣のようなヒビが入るのを見た。

駅に電車が入っていったとき、私の周りで数人はまだそんな地震の話をしていた。駅は、電車のドアとプラットフォームの間に小さな隙間が空いていた。すると、そこで電車を降りていく一人の乗客に向かって、電車の中の人々みんなが口々に声をかけたのだ。「気をつけて!」(Be careful!)と。●



世界各国から支援の表明が続々と上がっているようです。
本当に、ありがたいことでございます。

自衛隊の皆様の懸命な救助活動にも頭が下がります。すでに一万人近いかたがたが自衛隊の皆様によって救助されたとか。一人でも多くのかたがたが無事に救助されることを願っております。


募金先のまとめがこちらにございます。

赤十字がまだ準備中のようです。


posted by gyanko at 12:00 | Comment(77) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月12日

東北地方太平洋沖地震:海外からの「日本、がんばれ!」

家族が、内陸とはいえ震源地に近いところにいたため、昨夜は親戚中で大変な一夜となりました。

電話がまったく繋がらず、災害ダイヤルにも登録がなく、不安な気持ちでいるところへ、映し出される被災地の惨状。そんな中、ひきもきらずかかってくる親戚からの電話。古河、函館、千葉、名古屋。一日でこんなにあっちこっちと電話をしたのは、初めてかもしれません。
やっと連絡がつき、無事を確認したときには、すでに朝でございました。

緊張しているのか、いまだ眠れず。眠くなるまで、これを書こうと思います。


March 11, 2011 Japan. Sendai Tsunami



評価の高いコメント

■幸運を祈るとともに、心の底からお見舞い申し上げる。キミたちは僕らを助けてくれた。今度は僕らがキミたちを助けたいと思う。ニュージーランドのクライストチャーチより。


■幸運を。メキシコから哀悼の意を込めて。

■幸運を。カナダから哀悼の意を込めて。

■日本の人たちがみんな無事であることを祈ってる。米国より。

■頭を上げて!日本よ!心からお見舞いの気持ちを込めて。イギリスより。

■動画を見てるのが苦痛だよ。

■走って逃げようとしている人。車で離れようとしている人。でも、波にのまれていく。心がやぶけそうだ(泣。

■心からお悔やみ申し上げます。とても悲しいことだ。アルジェリアより。

■日本人は働き者だ。あっというまに街を建て直すだろう。でも、人の命は何ものにも代えがたい。亡くなったすべてのかた、安らかに。家族や友人を亡くした人たち、ご自愛ください。スウェーデンより。

■(津波が到達するまで)15分っていう警報があったらしい。15分だよ。15分。せめてハワイみたいに10時間あれば。15分って聞いて、逃げ切れるやつがいるのか?オレは無理だ。酷い話だ。あまりにも酷すぎる。

■↑同意だ。15分なんて十分な時間じゃないよ。周りのみんなだって、同時に逃げなきゃならないんだから。
ニュースでちょっと渋滞してるのが映ってたよね。どれだけストレスだったろう。逃げようとしてるってのに渋滞なんて。ニュースの彼らは逃げきれたんだろうか。考えるだけで、心臓が跳ね上がるよ…。

■この怪物の力とスピード。凄すぎる。すべてを更地にしてく。こんな力に誰も勝てやしないし、走り勝つことだってできやしないよ。見ていてショックだった。被災地の人たちすべての幸運を祈る。

■インドシナを襲ったやつより酷いと思った。マグニチュード9の地震にだって耐えられるように作られてる日本の街が、波だけで全壊したんだから。

■まだ津波が襲ってきてるってニュースで聞いた。次から次にくるって。最初のが一番大きな津波とは限らないって。正気の沙汰じゃないよ、これ。アメリカにこんなものがきたら、誰も対処なんかできっこない。

■ほんの数秒で陸が海になってしまった。波がゆっくりに見えるだって?家やトラックですら持ち上げて運んでくほどの力をもった波なんだぞ。それで人々が亡くなったんだ。なんてこった…。

■これは言っておかないと。確かなことだから。日本人は世界で最も準備が良い人たちだ。特に地震と津波に関しては、準備万端。カリフォルニアは日本から学ばないとだめだ。

それと、日本人はとっても強い人だからね、尊敬してる。

■津波の影響で高波にさらわれた人が北米でもいる。カリフォルニアの海沿いの人たちは、海に近づくな。浜辺は避けるんだ。

■日本の人たちへ。神が守ってくれる。忍耐強く。何が起こっても、神の思し召しだ。家族、友達、隣人、子供たちを労わって。徳を諭して、お互いに助け合おう。神がこの災厄に立ち向かう力を与えてくれる。アーメン。マレーシアより。

■↑「忍耐強く」なんて場合か。そんなときじゃねえだろ。日本の人たち、そこから逃げるんだ。

■僕はニュージーランドに住んでるアジア人。クライストチャーチで育って、このあいだの大地震を経験した。あなたがたの気持ちがとてもよくわかるよ。気を強くもって、日本の人たち!

■とまらない。……津波が止まらない。……神よ、日本を守って!!

■↑神が津波を引き起こし、それでお前は神に守護を頼むのか。アホが。目を覚ませ。

■↑キミがこんな津波に襲われたら、今みたいに無神論者ぶっていられるの?

■↑神よ、守って!って言うのは、言葉通りの意味じゃないんだよ。相手の傷に心を寄せる気持ちを表してるんだ。

■動画を見てるだけで怖い。日本よ、私の心はあなたとともに。

■日本から来た僕の友人たちのために祈る。ニューヨークのサウスブロンクスから。

■私は日本のために祈っています。(原文ママ。カナダのかた)

■心配と心を込めて、すべての日本の人たち、犠牲になった人、その家族、家をなくした人のために祈る。イタリアから。

たとえ、人間というものが自然に対して無力なものだとしても、日本人はきっと祖国のために強く闘っていくって僕には確信がある。

■キミのために祈ろう、日本よ。オランダより。

■日本人は勇気ある人たちだ。いつも自然の脅威と闘ってきた。この人たちの信念と意志はなにがあっても挫かれることはない。世界の人々がキミのために祈ってるよ。

■行方不明が何人なのか、どれだけの被害になってるのか、わかってない。今のところ、被害がどのぐらいかを見極める十分な情報がないんだ。

でも、コメントをありがとう、皆さん。僕たち日本人は本当に、世界中からの優しい暖かいコメントに勇気付けられてる。愛を込めて、日本より!

■これから毎日、日本のために祈るよ。この美しい国のために、みんないっしょに祈ろう!

■神が、日本とそこに住む品行正しい勤勉な人たちを守ってくれますように。きっと打ち勝てるはず。あなたは一人じゃないよ。私たちがあなたに心を寄せ、そうして祈るから。

■日本は最も偉大な国だろう!この災害だってなんとかする!世界の終わりがきたって、彼らならなんとかするはずなんだから!

■日本よ、キミの後ろにはいつもアメリカがいるんだからね。

■日本の人たちよ、家を沿岸じゃなくて、高台に作って。生き抜いて。そう祈ってる。

■日本がこんなことになるなんて、本当に辛い。世界で最も平和で発展した国の1つなのに。こんな災害に襲われていい国じゃない。

でも、日本にはオレたちみんながついてる。この辛いときにオレたちはいっしょだ。
すべての犠牲者に神の守護を。安らかに。

■こんな酷い津波を見たことがない。この動画の人たちがどうか助かりますように。

■神の国の人たちへ愛を込めて祈るのはいい。でも、募金とチャリティはもっと大事!

■祈りなんて無益だよ。祈りで何かが変わるとか、アホかっての。なにか日本のために役に立ちたいなら、募金しろ。

亡くなった人には哀悼の意を表したい。こんな恐怖を体験するなんて、想像すらオレにはできない。災害の巻き込まれたすべての人に、お見舞い申し上げる。

■日本人なら、この災害を生き抜くよ。だって、世界で最もテクノロジーが進化した国の1つだもの。心配なのは、原子力発電所の崩壊だけ。日本の人にとっても大きな心配だろう。

強くあれ、日本と日本人よ。犠牲者よ、安らかに。この津波を生き抜いたすべての人のために僕は祈る。
とにかく、発電所の復旧に徹底的に集中するんだ。希望をもちつづけて!幸運を!

■信じられん。津波って、ただの波じゃないんだな。……学んだよ。神のご加護を。募金したよ。

■1ユーロじゃ、オレたちの人生は変えられない。でも、この辛いとき、日本の人や支援機関を援助することはできる。募金だ、みんな!!

■日本は、進んだ地震対策をもってる国。この津波がもし他国を襲っていたら、被害はもっと甚大だったろう。私たちは、日本のようにもっと地震や津波について学ばねばならない。

■今こそ世界が団結するんだ。強くなろう。大丈夫、人間がやるべきことをやれば、あとは神がなんとかしてくれる。祈り続けよう。香港より。

■日本人はフィジカルもメンタルもとても強い国。世界で最も素晴らしい国に神の恵みを。

■モンゴルから。日本のために祈ってるよ。母親の友達が仙台に住んでる。どこにいるのかわからないんだ。

■どこの国の人であっても、赤十字への募金を忘れないように!

■イタリア人がキミとともにいるよ。がんばれ、キミたちは凄い人たちなんだから!

■私の心は日本のあなたたちとともに。ドイツのドレスデンより。

■日本は何度でも蘇る。

■世界がキミを支援する、日本よ。オランダもやるよ。

■しっかり!心からのお見舞いを。チェコより。

■日本、Gambatte。みんないっしょにがんばろう。
大阪に親戚がいるんだ。一晩中、妻といっしょにいた(妻が日本人なんだ)。ずっと仙台と沿岸部の心配をしてたよ。日本の友達と親戚のために祈ってる。一人じゃないんだ。日本、僕たちがいる。

■日本の友達を心配してる。数年前まで住んでたんだ。来月、仕事で日本に行く予定だった。こんな悲劇的なことが起こってしまうなんて。
頑張れ日本!(訳注:ここのみ日本語)。

■悲惨すぎる。助けられないのか。神よ、これを乗り越える力をすべての日本の人たちに与えてください。

■乗り越えてくれることを祈ってる。サウジアラビアより。

■神よ。津波を止めて!日本の人たちを助けて!

■酷い。早く被災者たちを助けてほしい!
日本は立ち直るって信じてるから。タイより。

■みんな、苦難の中にいる日本の人たちを助けよう。日本は前に僕たちを助けてくれた国なんだよ!

■酷すぎる。たくさんの死傷者が出たりしませんよう。
頑張れ日本!頑張れ日本!(訳注:ここのみ日本語)。香港より。

■このニュースを終日、車のラジオで聴いてた。なんてことないニュースだって思ってた。チェコからは遠く離れた国だし。……でも、これほど悲惨な状況だとは想像もできてなかった。……自然の力は恐ろしい。人間には津波に命令などできないんだな。
助かった人がたくさんいることを願ってる。亡くなった人たち、安らかに。……これは本物の悲劇だ。

■津波の力の恐ろしさ。すべてを押し流していく。
自然の脅威の犠牲になった人たちの心痛、お察しします。ドイツ、ケルンより。

■日本にこういうことが起こると、いつもすごく悲しい気持ちになるんだ。どうか、がんばって!

■心が痛いよ。ブラジルの友人たちにこの動画を見せようと思う。僕らにはたくさん日系ブラジル人の友達がいるんだ。

■涙が止まらない。

■人類にとって、また悲惨な日が来てしまった。3週間前、ここニュージーランドの地震のとき、日本の人たちが捜索と救援のボランティア・チームを派遣してくれて、私たちを助けてくれた。なのに、今度は、その彼らが厳しい試練と立ち向かわなくてならないのか…。

■日本人は、強い good luck, from Italy(原文ママ)



被災地の皆様には、心よりお見舞い申し上げます。
ご親戚やご友人が被災地にいらっしゃるかたがたのご心痛も、いかばかりかと存じます。
わたくし個人でできることは限られてはおりますが、微力ながら募金の形で支援させていただきたいと思っております。


Yahoo!緊急災害募金
Nifty Web募金
赤十字もまもなく募金が始まるのではないかと思います。


<追記>すみません、返信遅れました。…転載に関しましては、まったく問題ございません。ご自由になさってくださいませ。




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