アメリカ人がノーパソにマンガを入れて持ち込むと、最低でも1年間、刑務所に入ることになる。
カナダの税関は道徳警察の役割を果たしていることで悪名が高いが、今度、カナダに旅行に行くときは、日本のマンガは、デジタルにしろ本にしろ、家に置いていったほうがよさそうだ。
Comic Book Legal Defense Fund(訳注:以下、CBLDF)は今日、カナダへ渡った際、ノーパソにマンガを入れていたことで罪に問われている米国人を守る取り組みを支援するため、協力体制を作ることをプレスリリースで発表した。
(訳注:Comic Book Legal Defense Fund=コミックの作者たちの表現の自由を守るために1986年に設立された米国の非営利団体。)
有罪判決を受けた場合、児童ポルノ所持の罪で最低1年間は刑務所に入ることになる。
以下、CBLDFのプレス・リリースから引用。
”事件の事実には、コンピュータ・プログラマーであり、熱心なコミック本のファンである20代の米国市民が関わっている。彼は、米国の居住地からカナダに住む友人を訪ねようとしていたところだった。
彼がカナダの税関に到着した際、税関職員がアメリカ人の所持品の検査をした。ノーパソ、iPad、iPhoneもこの検査に含まれた。税関職員は彼のノーパソの中にマンガを発見、これを児童ポルノであると見なした。
被告の名前は、法廷戦術上の関係で秘匿するよう弁護士側から要請されているので、ここでは述べない。
問題となった画像は、すべてマンガ・スタイルのコミックである。あきらかな犯罪行為を示す写真のようなものはない。にもかかわらず、逮捕令状が出て、ノーパソは警察に押収された。
結果として、このアメリカ人は、児童ポルノ所持とそれをカナダに持ち込んだこと、この2つの罪に問われることになった。裁判で有罪になれば、彼は最低1年間服役することになる。
この事件は、北米のコミックやマンガに将来的に広い範囲にわたって影響をもたらすことになるかもしれない。”
日本でも海外でも、マンガの中の性的要素が取りざたされている昨今、こうした事件は他にも起こっている。
2007年には、アイオワ州のマンガ収集家、クリストファー・ハンドレーが税関で引っかかり、日本からの荷物を開けられ、児童ポルノ所持で告発された。その後、警察が彼の自宅に捜査令状をもって入り、彼のコレクションに数冊の「ワイセツな」マンガがあったとして、彼を起訴した。
CBLDFを初めとして、ニール・ゲイマン、マンガ研究者のマット・ソーンといったコミック界の著名人たちがハンドレーを守ろうと精力的に支援したにもかかわらず、最終的には2009年に有罪を申し渡され、6ヶ月の実刑判決が下された。
(訳注:
ニール・ゲイマン:イギリスのSF 作家、ファンタジー作家。ヒューゴー賞を2003年と2009年に受賞。ブラム・ストーカー賞を1997年と2002年に受賞。『墓場の少年 ノーボディ・オーエンズの奇妙な生活』、『壊れやすいもの』、『コララインとボタンの魔女』。
マット・ソーン:公式サイト。文化人類学者、京都精華大学芸術学部マンガ学科助教授。 『風の谷のナウシカ』などを英訳。日本の少女マンガが女性に与える影響を文化人類学の立場から研究。 手塚治虫文化賞選考委員。)
2010年には、東京都が、1964年に制定された埃まみれの「東京都青少年の健全な育成に関する条例」を拡大改正する156議案を採択。東京都が、インターネットや携帯電話への未成年のアクセスに広い範囲で介入したり、未成年者に以下のものを販売することを犯罪として取り締まれる力をもつことになった。
”漫画、アニメーションその他の画像(実写を除く)で、刑罰法規に触れる性交もしくは性交類似行為、または婚姻を禁止されている近親者間における性交、もしくは性交類似行為を、不当に賛美し、または誇張するように、描写し、または表現することにより、青少年の性に関する健全な判断能力の形成を妨げ、青少年の健全な成長を阻害するおそれがあるもの。”
この議案に対しては、数多くのマンガ家が反対して陳情書に署名をし、『少年ジャンプ』の集英社をはじめとするメジャーなマンガ出版社が東京国際アニメフェアをボイコットするという警告行為に出たが、「児童を守れ」的な美辞麗句を掲げる支持者たちに推し進められ、可決した。(このボイコットが影響力になることはなかった。フェア自体が地震によって中止になったからだ)。
条例は7月1日から発効する。だが、東京都はすでに、この条例下でターゲットとなる最初のマンガ、6作のタイトルを公表している(訳注:『奥サマは小学生』、『あきぞら』、『彼氏シェアリング』、『恋人8号』、『碧の季節』、『花日和』)。
とはいえ、当てつけがましいようだが、この東京都の条例は、米国の保護法とはちがって、18歳以上の指定がある限り、成人向けマンガの販売を阻止するものではない。つまり、実際には、この条例では、ハンドレーが所持して罪に問われたようなハードコア・マンガ自体を犯罪にはできない。
ただ、十代のセックスをテーマとしたコメディや、売春や近親相姦といった禁忌の問題を扱った気骨のあるマンガ等が、取り締り対象としてボーダーラインに立つことにはなる。
日本と米国の、マンガに関わる法規への取り組みは、関係がないわけではない。日本のポップカルチャーのライター、フレデリック・ショットやロナルド・ケルツが指摘するように、日本における検閲は、米国やカナダの検閲への取り組みに影響を受けて、強まっている。東京都条例156の支持者たちの多くが、「西欧では許されていないこういうものを許しているのは恥ずべきことだ」という論法を使ったほどだ。
(訳注:
フレデリック・ショット:ノンフィクション作家、翻訳家、通訳。旭日小綬章受賞。『ニッポンマンガ論―日本マンガにはまったアメリカ人の熱血マンガ論』、『日本のまんが―Manga! manga!』
ロナルド・ケルツ:ライター。東京大学講師。アメリカ人の父と日本人の母をもつ。「プレイボーイ」「ダブルテイク」「サロン」「ヴィレッジ・ヴォイス」「ニューズデイ」「コスモポリタン」「ヴォーグ」などの雑誌や新聞に、数々の作品・記事・エッセイを寄稿。
条例156の重要な支持者である都知事、石原慎太郎は、条例可決後の最近、4期目の再選を果たした。2010年12月の記者会見で彼はこう言っている。
”世の中には変態ってやっぱりいる。気の毒な人で、DNAが狂っていて。……西洋の社会ではあんまり認められないと思うけどね。日本はあけっぴろげがありすぎたから。”
今回の事件で、カナダ税関の激怒を買ったのはどんなマンガなのかと情報を求めたところ、CBLDFの事務局長、チャールズ・ブラウンスタインからこういう返答があった。
「こちらで把握しているのは、問題となっているものにさまざまなマンガスタイルで描かれたファンタジー・コミックが含まれていること。彼が所持していた作品の中に、主流のマンガシリーズ『魔法少女リリカルなのは』の同人誌もあったと思われます。つまりファンが作ったコミックです。また、セックスのいろいろな体位を棒線画で表現したような日本語のオリジナルのマンガもあったと言われています。
とにかく、どうであったとしても、当局は表現芸術をターゲットにしてるってことなんです。写真のような犯罪の確固たる証拠ではなくてね。」
当然のことだが、ノーパソから発見されたアートワークが厳密にどういう性質のものであろうと(訳注:たとえ猥褻なロリータポルノであろうと)、言論の自由の問題であることには変わりがない。
だが、ハンドレーの場合だと、彼が所持して起訴されることになった作品が、ヤオイでもなく、マイルドな変態セックスを扱ったコメディ・マンガでもなく、露骨なロリコンの成人向けマンガだったことが明らかになると同時に、彼に同情する気をなくしてしまった人たちもいる。
この他にも、マンガを所持していて、カナダの悪名高い、使命感に燃える税関職員に捕まり、検査を受けた人に、エリザベス・マッカラングがいる。彼女は2006年に、相原実貴のヤングアダルト向け恋愛マンガ『東京少年少女』を持ち込もうとして、カナダ当局からゲイやレズビアンの要素を含んでいると告発された(税関職員は、タイトルにboyという単語が入っていたことで怪しんだ)。
だが、そこに性的な行動が描かれていようとも、想像は想像なのだ。アートワークはアートワークなのだ。言論の自由を守るということは、いかがわしいものであっても、不愉快な言葉であっても、それを守るということだ。
ハンドレーの有罪答弁は、法的先例がなかったということがある。
しかし、今回のゾッとするこの新しい事件は、言論の自由を守る法的戦いの次ラウンドになる。もちろん、被告人にとっても、児童ポルノ所持で有罪になれば人生が台無しになるという、大きな戦いだ。
CBLDFは、Canadian Comic Legends Legal Defense Fundと協力し、この戦いへの資金を募る。見積もり経費は15万カナダドル。詳しい情報は、CBLDFのプレスリリースを見ていただきたい。●
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