2011年07月08日

海外の反応 - 今週のアメリカの萌え:日本 -

早速、前回の記事についたコメントです。


■僕は、いつも日本のことが好きでたまらないんだ。言っとくけど、触手ポルノと出会う前からだからね!

 ■↑高校のとき(1994年あたり)のことだ。『うろつき童子』を見た。あれで、触手レイプ・アニメについて、知らなきゃいけないことをすべて学んだ……。やめろ!燃やせ!そんなもん!って思ったよ。ああいうのダメなんだ…(笑。

でも、それ以外は、日本文化のすべてが大好き。音楽、ファッション、アニメ、一般の人たち。これまで会ってきた何人かのすごく素晴らしい人たちも。

大学のルームメイトが日本人なんだ。すっごく楽しいよ。オレは彼にSFの手ほどきをして、彼はオレにスケートボードを教えてくれた。

 ■↑僕も。生まれたときから『ゴジラ』ファンだし。

  ■↑うん。『ゴジラ』は、ありえないほどすげえと思うわ。

 ■↑昔、内輪受けをねらって、友達のために何冊か触手ポルノ・マンガものを買おうと計画したことがあるんだけど、結局、店の棚を深く探索する勇気が出なかった。だって、やっぱり正気は保ってたかったからさ。

■日本は僕に『カウボーイビバップ』、『WOLF'S RAIN』、『サムライチャンプルー』、『DARKER THAN BLACK』、『DEATH NOTE』、『ブラック・ラグーン』、『グレンラガン』みたいなアニメをくれた国。特に『グレンラガン』。

カミナーーーーー!!!!!

■日本は性的なものにそんなに神経質じゃないとは、オレも確かに思う。オレが日本に行ったとき、交番のすぐ隣が風俗街だったもん!(アメリカじゃ)ネバダ州だって、ああいうのは許さないよな(訳注:ネバダ=ラスベガスのカジノを代表する遊興産業が強い州)。

■これってオレがそういう萌えなのか、それとも彼らがそういうふうに作ってるからなのかわかんないんだけど、アニメのファン・サービスでパンチラを見るたびに、めちゃめちゃ興奮しちゃうんだよ。たとえば、『AIKa ZERO』かなんかだったと思うんだけど、見てて、いいストーリーだなあって思ってたんだ。
なのに、出てくる女の子がみんなナイスなお尻だなあって気づいたとたん、いつもちょうど都合よくパンチラがくる……。これ、オレの元カノも、ものすごいホットねって言ってた。

『ゴジラ』が日本を襲うのをやめたら、絶対に日本に行って、彼らのアニメ・セレクションをチェックするつもり。日本の活字の中で迷子になりたいんだ…。

■グレートな記事だったよ。エッセーの形で日本のことをいろいろ説明してくれた。これって、僕が大学で10週間以上かけて学んだことだ。

確かに、アメリカの若者の多くが日本に恋い焦がれてるのは事実だ(ウィーブー(weeaboo:日本かぶれ)って呼ばれてるよね)。自分たちとはちがっていて、ミステリアスで、そのくせ久しぶりに会った友達みたいに親しみがもてるからなんだな。

日本は、アイコンというかアイドルみたいなものになったんだ。人々にとって、自分たちとはちがうものすべてを代表してる国。こっちだったら笑われて終わりの萌えがある国。…でも、(訳注:今米国で話題になってる)萌えだって、日本はとっくに知ってて、もう次の段階に進もうとしてるんだよな。

みんな、日本を、少しの曇りもない黄金の国か、否定的に眺めるかのどっちかでしか考えない傾向があるとも思う。1つの国を語るのが下手なんだよな。

他の国と同様、日本にだって良い面もあれば悪い面もあるよ。日本が住むなら理想の場所だって思うのは、たとえば犯罪率の低さ。でも、一方で、よそものに寄りつきたがらないから、外国人にとってはすごく住みづらいというのもある。

どうして、アメリカ人はみんな日本を「小さい米国」だって考えたがるのか。理由はいろいろあるだろうけど、一番大きな理由は、アメリカ人が直面している社会問題を日本のせいにして責められるから。

栄光に包まれた、史上最高の、世界を救済する指導者としてのアメリカを否定的に解釈することなく、自分たちの文化を(訳注:米国のミニ版の日本の文化を否定することで)批判できるんだもんな(誤解されたくないから、書いておく。これは皮肉だ)。

話はちがうけど、今日は良い記事をいろいろ読めた。なにかあったのか?(笑。いつもはジャーナリズム的レベルがどうのってさんざん批判されてるのに、ここのところあきらかに「これぞ真の仕事だ」っていう記事を見せてくれるねえ。

■ここで、言論の自由に重きをおく国として日本があがるってのも皮肉な話だよ。少なくとも、最近、東京都知事の石原がぶち上げた規制法のことを考えるとさ。

■良い記事。アメリカ人の僕にとって、すごく洞察に富んだ記事になった。異文化を新しい角度で見るっていうユニークな方法を教えてもらったよ。ありがとう!

■オレが日本で大好きなものに、プロレスがある。アメリカ企業はプロレスを茶番めいたものにしてしまったけれど、日本のプロレスはアメリカよりもっと荒々しくてリアルなんだ。5つ星をつけられる試合っていうと、日本のプロモーターの試合!他のどこより!

■『Sexy Losers』の4コマ・マンガを思い出せよ。日本地図でオナニーしてたやついたじゃん?良い時代になったもんだ…。


訳注:
『Sexy Losers』:日本在住のカナダ人、Clayが描いたウェブ・コミック。当該の日本地図の回はこちら。吹き出し内の訳は↓。

1コマ目:さて、今日のオ○ニー授業の前に、キミたちがこの授業のために選んできたオカズのチェックをしたい。はい、本を開いて。
2コマ目:テシュー、キミがもってきたのは?……うん、いいね。セクシーな脱衣ショット。想像をかきたてるマイルドなヌードだ。いかにも隣のお姉さん風なところに、メガネと張りのある胸が効いてる。セクシャルだが、やりすぎてない。これはいいよ!
3コマ目:そして、…次。ソックのオカズは。……え…?なにこれ?……日本地図?こんなんでやるなんてまさか言わないよな?
4コマ目いや、そうなんです。こいつ超東京ファンだから…。



■日本:1954年以来、世界の奇妙なものの78%を生産している国。だっけ?

japanweird.jpg

とは言ってもさ、外国人にとって奇妙に見えるって、すごく魅力的ってことなんだよ。最初にオレが日本にすごく惹かれたのは(アニメ以外でね。オレがウィーブーだってことは関係なく)、あの国のいろんな矛盾だった。オレには矛盾に思えたんだ。

……本当に変わってるものって、同時に完璧に凄いものでもある。ラブホテルの『ハローキティ』SMルームなんて、「どうよ?!」って思うじゃん(訳注:こちら)。

■キモい児童ポルノって、日本からきたアニメ、マンガ、ゲームの多くに広がってるように思えるけど、どうなの?こういうのがピントの外れた指摘だとは僕には思えないよ。彼らって、ホントにホントにホントに、ダメな意味で子供が好きなんじゃないの?って思う。

 ■↑彼らは絵を描いているのであって、実際にやってるわけじゃないということは、まずは置く。

ああいうタイプのものを消費する人たちってのは、比較的小さなグループでしかないんだよ。主流になってるアニメ、マンガゲームにはそういうものは出てこないし、こっちのほうが多勢なんだ。

ただし、主流アニメがもともと子供や十代前半の子たちのために作られてるとはいえ、その次位にくるのがオタクの領域だ。
中途半端なものを作ったって、大量生産できるほどの売れ行きは見込めない。だから、子供や家族向け、オタク向けを別々に作るわけだ。

北米だと、ゲームが同じ方法をとってる。子供や家族向けのゲームと、暴力だらけの大人向けゲーム。ちょうど中間をねらったゲームもあるにはあるけど、売上は上がっていかないよね。だって、中間をねらったものって配慮や手間が要るし、(訳注:あきらかに暴力的な)FPSほど売れないもんね。

まあ、とにかくオレはさして気にならない。そんなことより、ファーリーズのほうがよっぽど嫌だわ。まるで意味がねえ。


訳注:
ファーリーズ:アメリカのカートゥン文化の1つ。擬人化された動物キャラクターのこと。英Wikipediaに画像がいくつか載っています。着ぐるみを作って着たりするほか、一部にはファーリー同士のさまざまな性行為を露骨に描いた絵などもあるようです)。

■一年、中国に住んでたとき、ひっどい出来の『パワーレンジャー』まがいの玩具を見てさ。その後に、『戦隊モノ』が実際はどういうものかを知って、日本すげえってなったな。

■日本には、女子相撲もののAVをもっとたくさん作ってほしい。あれはもうたまらん。

■日本の兜と面頬をカスタム・メイドで作ってくれるところが見つかればいいんだけど。侍の武具のレプリカっていうんじゃなくて。

 ■↑ハンド・クラフトで剣を造ってるところはいまだに世界中にあるぞ。ただ、残念ながら、オレもそうだが、たぶんお前が出せる価格帯じゃないよ。

 ■↑いや、刀はオレ、自分で作れるの。ちがくて、よろい一式の造り方がわかんないんだよ、さすがに。

■いっつも不思議なのはさ、オレたちアメリカ人が、日本より中国のほうに大きな関心をもってる理由は何なんだろうってこと。つまりさ、ちょっと歩けばすぐチャイニーズ・レストラン、大きな都市ならチャイナ・タウンは必ずあるだろ。

これに対して、日本レストランって、何軒かの寿司を食べる場所以外は、かろうじてあるかどうかってぐらい。チャイナ・レストランに比べると圧倒的に少ない。
ジャパン・タウンだってないし。

 ■↑大きな都市でジャパン・タウンがあるところはたくさんあるよ。ただし、ジャパン・タウンじゃなくて、リトル・トーキョーって呼ばれてる。

これは覚えておけ。こういうところってのは、アメリカ人がその人たちにすごく関心があって、そこらじゅうにいてくれって思ったからできたわけじゃない。単に、特定の民族が集まって住んだ結果だよ。

■僕、日本萌えのアメリカ人オタクって大嫌いなんだよね。日本の歴史的側面なんか無視だし、地理すら知らない。愛してるのは、日本の表層的なところだけで、日本を実際に象徴するようなものじゃない。日本にはもっといろいろあるんだよ。

このアメリカの萌えが「今週」だけで済めばいいなって思う。

■南部に住んでる。もっと良いことには、GM一家だ。家族全員GMの車に乗ってる。自分のトラックだって、大好きさ(2000シボレー・ブレイザーだ)。

でも、問題を抱えてる。家族にどうしても、……トヨタのスプリンター・トレノかレビン・トレノがほしいって言い出せないんだ……。

■本当に素晴らしい記事だった。

最後で指摘されてた問題。ニッチな変態もののせいで、前後関係もなく日本を批判するっていう。……うん……。

そういうことをする人たちってほとんどが、ヘイターって言われる人たちだよ。ヘイターは背景なんか気にしない。文化的背景を説明しようとしても、中指を突き立てて「そんなこたどうだっていいんだよ!」で終わり。

彼らはいっつも怒ってるし、怒る方向にもってきたいんだよ、自分を。

稲妻みたいなスピードで物が消費されてくネット時代だけど、こういうことは変わりゃしないね。

■ここのユーザーで日本に恋をしてないのってオレだけ?別にアンチでもないけど、魅力がわからん。

 ■↑僕も別に日本に恋い焦がれてはないよ。でも、実際に日本に行ったり、(日本人の)良い友達ができる前は、僕もここの多くの人たちと似てたな。

まず日本を自分で経験してみない限り、ほとんどの人は実際よりクールなところだって思うんじゃないかなあ(特に若い人は)。……僕だけかもしれないけど。

  ■↑このサイトに来るようになる前、僕は日本について何も知らなかった。知ってたのは、人気の電子機器とか車のブランド、あと『ドラゴンボールZ』とか『ファイナルファンタジー』、『マリオ』ぐらい。アニメもマンガも日本のゲームのことも、たいして考えたことなかった。

『マリオ』をプレイしたのは2000年、10歳のとき。任天堂もファンってわけでもなかったし、これが日本のゲームだとも思ってなかったな。

でも、2000〜2010年の過去10年で、米国とはちがう日本って国の文化が、アメリカだけじゃなく全世界にどれだけの影響を与えたかってことがわかってくると、日本のことを考えるようになるんだよ。

2000年以前だって、影響は明らかだった。でも、2000年以降はもう爆発的に影響度がふくれ上がった(たぶんネットのおかげで)。

日本のゲームをやらず、日本のアニメも見ないなんていうアメリカの子供が、きょうびどのぐらいいるってのさ?テレビの子供向けチャンネルをつけてみろよ。ほら、『ポケモン』だ、『遊戯王』だ、『ベイブレード』だ、『ナルト』だ。……わかるだろ?

■日本は、面白い国の1つだ。テクノロジーはすごくモダンなのに、他の多くの国とはちがって、伝統と歴史がたくさん残ってる。
ドイツとイタリアもオレには似た感じがする。歩いてると、モダンなテクノロジーが豊かな歴史を象徴する建物の中にあったり、すぐ隣にあったりするから。

日本のニッチなものは、なんか気持ちが悪いってのはある。でも、これはどこの国のものにも当てはまる。ただ、日本の場合、そこに資金が潤沢に集まってるってだけ。

アニメ、音楽、食べ物、ゲーム。日本で作られたものは面白いし、ユニーク。でも、オレは、日本大好き!って主張する日本好きとかオタクに、もっともっとちゃんと日本を探索してほしい。アニメと音楽と食べ物とゲームの4つだけってんじゃなく。

日本のポップ・カルチャーから見聞きした1つか2つの日本語を、自分が話す英語に混ぜるとか、ウザいんだってば。記事に「意図的に勘違いした解釈」ってあったね。日本をなにか魔法の国みたいに考えるのだって、同じこと。いまだにこれは健在ってことだよな。

なんだかんだ言ったって、日本はめちゃめちゃすげえよ。
あんな孤立した島国なのに、あれほど急速に発展したのは驚異だ。彼ら自身のやり方で西欧の理念とテクノロジーを融合させたのだって、ちっちゃな島国なのに嘘だろってぐらい裕福でテクノジーの先端に構えてるのだってすげえ。金があったら、オレだって行きたいわ。

■すごい記事だよ……。
オレはインド人なんだ。
日本がクールの中心地だってことに関しては完全に同意だ。近い将来、行くチャンスがくればいいが。

■ゲーム、アニメ、車の部品(大量にね)を日本から輸入してる。日本文化も日本も、大好きなものがたくさんある。でも、自分が日本萌えだとは思わない。日本的で、奇妙で、こっちとはちがうって感じの日本製品は好きじゃないし。

アニメだって、大好きなシリーズ、20本はあるかも。でも、たぶん、大嫌いなのもそのぐらいある。ゲームも日本車も同じ。

誤解しないでくれ。日本製で大好きなものはたくさんあるんだ。興味を引かれるもの。アメリカにはないもの。たくさんね。

ただ、オレが日本の何が大好きって、それがどこの国の製品であろうが関係なく、これだったら好きになれるってものを作ってくるところなんだよ。

■素晴らしかった。よくぞ言ってくれたよ。この記事を時間をかけて読んで、多くのことを学んだ。

僕の世代にとって、日本といえば「クール」。うん、この記事に書かれている通りだよ。でも、日本語とかいろいろ学ぶ過程で、この記事にあるような前後関係があるんだってこともわかったんだ。

日本のほとんどのものは、文化的背景で説明がつく。これも正しい。みんなが変だ変だって騒いだり、大ゲサに不平を言う、ものすごく奇妙に思えるものですら、背景で説明できるんだ。

■この記事を読んで、まだこのサイトに戻ってこようって思えたよ。ありがとう。

■長らく日本に住んでる人間として言うよ。これは凄い記事だよ。正確だし、非常に役立つ情報だ。久しぶりの傑作の1つ。完璧にすごい。

■日本がいかに奇妙かを話すことが、ここ何年もずっと「アメリカの萌え」なんだと思ってたが(笑。

 ■↑なんていうの、日本って「奇妙なアメリカ」なんだよ。

■ここって、日本の情報が山ほどあるよね。まあ、特派員も日本に置いてるぐらいだし(特派員の記事を読むの楽しいけどね)。でも、ゲーム関連じゃない日本の記事が、本当の日本を余計に誤解させる火種になることがときどきあるんだよなあ。

■アメリカの人種差別は声高に言うのに、日本の外国嫌いをたいしたことないって感じで扱ってるのがなあ…。触手ポルノは、アメリカだけじゃなくてどんなスタンダードからみても変だよ。……日本が一方的に判断を下さないってのは、ずけずけものを言うのが文化的に容認されてないせいだと僕は理解してる。

日本人の従順さが、1970年代にアメリカに叩かれたからだとも思わない。むしろ、長いこと帝国主義的な国家だったから、それに慣れてるってことなんじゃないかと思うんだが。

 ■↑日本アンチのコメントを読みすぎてんじゃないの。でもって、親日のコメントはあんまり読んでない、と。

僕の考えだが、日本人の従順な性質というのは、「和」つまりハーモニーという考えに基づいてる。自分事で他人に迷惑をかけたりするのは、非常に自分勝手なことだと考えられてるし、無遠慮にものを言う人もそう多くはない。

かつて日本には、ある2組が争った場合、争い事に関わった双方ともが成敗されるという過酷な法律が存在した時代もあるし、ときには近隣の人たちまでもが、1人の人間の犯罪の責任をとらされて裁かれた時代もある。

これって残酷か?不当か?うん、そうだね。でも、効果的かって言われたら?当然、効果的だ。だって、みんながその罪を負うとなったら、犯罪を犯した人は恨みを買うわけで、小さな犯罪ですらものすごい一大事になるんだからね。

■すごい記事だったし、読んでて楽しかった。
7月から日本に行くんだ。もう待ちきれない!あっちで待ち受けてる何年かぶんの体験を思うと、楽しみで楽しみで。ついにオレは日本に行くんだよ!

■外国人が日本に関して思う厄介事は、背景と文化や言語のちがいで説明ができるということには同意。

でも、日本人って、こういうことをちゃんと言い訳してくれないんだよ。で、みんなで、日本人(訳注:の外国嫌い)は悪意があるんじゃなくて、内気なだけだって言って、日本人を遠くに逃がしてしまった(訳注:≒外国嫌いに関する議論や批判を「内気なだけだから」という結論で終了させた)…。

もううんざりだよ。いろんな意味で、日本人だって大人になるときがきてる。日本と関わりがあったり、日本の人たちとちょっとの間でもつきあいがあったり、洗脳されてるわけじゃない親日の人なら、僕が言ってることわかると思う。

たとえばだよ。外国人、他のマイノリティ、ハードコアなオタクに対する態度。それから、規則は規則だからっていう単眼的な見方…。今すぐは思いつけないけど、まだまだある。

こっちに来てる日本人から聞いた話だと(偏見のある見方なのは認める)、日本はいろんな意味で、良い未来には向かってないっていう。日本人はあまりにも同質すぎると僕は思うんだよ。自分たち以外の考え方を受け入れてくれない。

次の50年で変わるのか、それとも、もっと悪くなっていくのか。僕はそれが怖い。

 ■↑確かにキミが言うように、変えなければいけないことはある。

だが、しかしだ。日本人が自国の文化を固く守ろうとすることが、「大人になってない」ってことになるのか?
それでもって、(開国以降の)この100年以上の間に、日本人が、自国の暮らしを守るために、世界のいろんな国からくる人たちを入国させまいと全力で拒んだことがあったか?

僕には、日本が直面している問題をすべて理解はできない。でも、こういうことは民族性と文化から来てるものだってことはちゃんとわかる。

日本の民族性や文化はかつて、ヨーロッパにとっては「玩具」だった。つまり、ヨーロッパやアメリカは、その玩具がほしいと思ったら、どうやってでもそれをいじりたい。だから、「(訳注:外国嫌いなんかしないで)日本人はそれに慣れろ!」ってわけさ。

基本的な心理学でもある。誰かの考え方を変えてしまったら、「変えさせられた」という恨みを忘れさせることはものすごく難しいことになるんだよ。そして、その、受けた心の傷は、代々言い伝えられていくんだ…。

思うに。日本のここは変えるべきだって言うんなら、僕たち自身だって、変えるべきところはどこなのか理解しなきゃいけないね。誰だって、反省すべきところはたくさんあるってことよ。

■日本に求めるもの。ポルノのモザイク、やめてくれよ……。

■80年代後半、オレが子供の頃。NESがオレが最初に見て触れたゲーム機だった。2歳だよ。『マリオ・ブラザーズ2』と『魂斗羅2』がオレの想像世界を支配してた。少なくとも、『NINJA GAIDEN』が視界に入ってくるまでは。

オレは、アジア系アメリカ人の第一世代なんだ。だから、アメリカ以外の国からやってきた才能とアートを目にしたことが、(他の人より)余計に発奮材料になったんだ。世界の他の国にもデカい夢を描く人たちがいるんだって見せてもらったというか。
同時に、世界にはいろんな考え方もあるっていう、ある種の「バランス」も学んだね。

■モンタナ州ぐらいのところに1億2000万人もいんのかよ!知らんかった…。米国の半分の人口じゃねえかよ!

■8歳のとき、『スーパー・マリオ・ワールド』で遊んでたときのこと思い出した。クレジットで流れるヘンテコな名前に笑ってたもんだ。この変な名前の人誰?って思ってさ。オレが日本人の名前を初めて見たのは、そのときだったな。

■日本が奇妙なものだらけ、アニメ・ファンだらけじゃないことぐらい、オレだって知ってる。独特の文化、歴史、さまざまなサブカルチャーをもってる普通の人たちなんだよな。「日本って変だーーー!!」って感じるものの多くが、日本の2〜3のサブカルチャーだけを情報ソースにしてるんだよ。これは確か。

他国から見たら奇妙なものはあらゆる国にある。アメリカを奇妙だって思ってる国だって確実にたくさんあるだろうしね。

■この記事のおおよその主旨は評価する。ただ、いくつか大事なことを言っておきたい。

まず、日本人の外国嫌いは、「賢さ」をもってそうしていたわけじゃないよ。日本が自国を「純粋な国家」と考えてるからだ。間違ってるものは受け入れない。言うなれば、日本的傲慢さなんだな。

外国嫌いはいまだにそう。日本以外の人々を受け入れようっていう文化的なコンセンサスがあんまりないんだ。確かに、アメリカ文化は人気ある。でも、アメリカ人自体は、そんなによく思われてないもの。

それから、「判断を下さない」ってのもちがう。面子を保つっていう、厳しい昔からの文化があって、たとえば誰かの言葉で気分を害しても、ほとんどは否定的なことは言わない。嫌な人間として見られたくないんだ。

言論の自由も、ニッチな市場だけだよ。出る杭は打たれるってコトワザがあるぐらいだもん。考えるまでもないよね。

熱狂的な日本好きとかアニメ・ファンって山のようにいる。日本を偶像化してる人たち。そのくせ、日本については基本的にはなにも理解してない。

■ありがとう。9月に語学研修で日本に行く。いろいろ行きたい場所とか、やりたいこととか心に決めてたことがあったんだけど、この記事を読んで、僕の個人的興味って結局、「外国人の萌え」ってレッテルを貼られるだけのものだって気持ちがどうしても離れなくなった。日本の人に嫌悪感を抱かれるんじゃないかと不安になってきた。

たとえば、僕はゲームが好き。だから、でんでんタウンに行きたいと思ってる。でも、行ったらみんなに「おい、また、あの手の外人がショバを荒しにきたぜ」って言われるんじゃないかって考えちゃう。誰か教えて!どうなの?!旅を考え直そうかと思い始めてるぐらいなんだ。

 ■↑そんなレッテル貼りとか、気にするべきじゃないよ。今キミが見聞きしてることを、実際に日本の背景の中で体験できる最高の旅になるように思えるけどね。なにかをしようってときに、人のことなんか気にすんな。楽しめ。キミにもう1つ旅の理由をやろう。旅ってのは、発見することなんだよ。



素晴らしい記事だと何度も何度もほめられていました。

個人的には、

日本の民族性や文化はかつて、ヨーロッパにとっては「玩具」だった。つまり、ヨーロッパやアメリカは、その玩具がほしいと思ったら、どうやってでもそれをいじりたい。だから、「(訳注:外国嫌いなんかしないで)日本人はそれに慣れろ!」ってわけさ。

こういう意見がアメリカから出てくるあたりがすごいなあ…と。

日本も、自ら進んで、言い訳ぐらいしなきゃいけない時代なんでしょうなあ。「私たち日本人はなぜこうなのか」っていうことを、日本の背景とともに説明できないといかん時代がきてるのかもわかりません。



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posted by gyanko at 18:00 | Comment(497) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月06日

海外記事 - 今週のアメリカの萌え:日本 -

以前、お送りした『今週の日本の萌え』ですが。
姉妹コーナーの『今週のアメリカの萌え』を本日はお送りいたします。

こちらから。

今週のアメリカの萌え:日本

1億2000万人が住む国。深く長い歴史と、複雑で美しい言語。
だが、アメリカ人にとって、日本はすべてがしばしば、不安と幻想と、そしてそう、神経症まで引き起こさせる場所になってしまうことがある。

日本の多くのものが、アメリカ人にとってはなじみが深い。野球、ロック、ジャンクなファーストフード文化、テレビや車のような日本製品。アメリカ人が飛びつくものばかりだ。

だが、日本は、アメリカとはちがう国だ。

日本には、アメリカ人の興味をひくのに十分な親しみやすさはある。だが、困惑させる微妙な差異もまた十分にあるのだ。

アメリカ人が日本に魅了されるのは、今に始まったことではない。日本と米国には、共有している歴史だってある。
しかし、アメリカ人の日本を見る視線は、生きている時代の影響を受けて大きく変わる。日本の魅力自体は、決して変わらないものだというのに。

19世紀、アメリカ人は、当時の日本の政府が弱体化していたところへつけこんで、強制的に日本を開国させた。日本は17世紀以来ずっと、西洋からあえて隔絶した国だった。

鎖国時代、外国人は日本に入国することができず、日本人もまた、死刑という刑罰のもと、出国することは許されていなかった。長崎の「出島」と呼ばれる人工島に出入りを許されていたのは、オランダ人と中国人である。
日本は世界から切り離され、内側を見つめながら自国の思うがままに物事を処していた。

ゲーム翻訳者であり、『Yokai Attack!』や『Ninja Attack!』の共著者であるマット・アルトは、日本はタイムカプセルだったのだと言う。
「僕が知っている限り、日本は銃使用を実際にやめた唯一の国です。(訳注:戦国時代の銃使用から江戸時代の)剣の使用へと逆行していったんですから」。

日本は自国の判断で動き、外国の帝国主義に激しく抵抗した。リスクを分散させ、何世紀にもわたって外国人を排除してきた日本の決断を「外国人嫌い」と呼ぶ人もいる。だが、過去、日本以外のアジア諸国で何が起きてきたのかに目を向ければ、……そう、つまり植民地化政策のことだが、これは賢さだと僕は思う。

19世紀後半、日本は、刀を携えた侍、慎しみ深い芸者、そして浮世絵の時代だった。こうしたものが外国人を異国情緒に浸らせ、やみくもに日本を崇拝させた。
ジャパナメリカ 日本発ポップカルチャー革命』の著者、ローランド・ケルツは、「アメリカ人や他の西欧人にとって、エキゾチックで心を動かされる夢の世界として、日本という国は長く存在しつづけていると思います」と語る。
「エドワード・サイードが示したように、オリエンタリズムとは、まったく違った文化的特徴をもつ、かつては遠い場所だった国に対する西欧の幻想からできています。西欧がファンタジーを描くための、何も描かれていないカンバスです。意図的に勘違いした解釈、意図的に繋がりをなくさせ、唐突に出現させたミッシングリンクなのです」。


訳注:
エドワード・サイード:1935年11 月1日 - 2003年9 月25日。パレスチナ系アメリカ人の文学研究者、文学批評家。コロンビア大学比較文学、英文学教授。ポストコロニアル理論を確立。西洋におけるアジアや中東への誤った、またはロマンチックに飾り立てられたイメージの長い伝統が、ヨーロッパやアメリカの植民地主義的・帝国主義的な野望を正当化する隠れみのとして作用してきたと主張した。

日本のアートやデザインに価値を求める「ジャポニズム」の概念は、ヨーロッパや、ホイッスラーのようなアメリカのアーティストに影響を与えた。きものや芸者が美術の世界に飛び出し、日本の建築やモチーフがフランク・ロイド・ライトを夢中にさせた。

訳注:
ジェームズ・マクニール・ホイッスラー:19世紀後半のアメリカ人の画家、版画家。色調や画面構成などには浮世絵をはじめとする日本美術の影響が濃く、印象派とも伝統的アカデミズムとも一線を画した。

フランク・ロイド・ライト:米国の建築家。近代建築の三大巨匠の一人。基本的にはモダニズムの流れをくみ、幾何学的な装飾と流れるような空間構成が特徴。浮世絵の収集でも知られ、日本文化から少なからぬ影響を受けていることが指摘されている。

線、自然、そして平面すら強調する日本アートの視覚的な特徴は、(訳注:西欧にとって)一服の清涼剤だった。そしてまた、日本の人々自身も、自然と一体となり、自然界をより深く悟る人々として、西欧の崇拝の対象となった。

日本の近代化と工業化は急速だった。その中で、日本は、大規模な軍事施設を作り、自ら戦争へと進んでいく。が、一方で、日本の成長は、アメリカの人種差別主義に根ざした黄禍論という恐怖をかきたてた。(黄禍論とは、19世紀に米国に移民してきた中国人の急増に関連した用語だ。)
戦争のプロパガンダは、日本は機械のように働く労働者たちとして描いた。こんにちなお存在するステロタイプだ。このプロパガンダによって、アメリカ人をもっともっと必死で働かせようとしたのだ。

が、戦時下のステロタイプではあったが、これが戦後の日本崇拝への道を作った。大日本帝国の敗北後、月日が経つ中、日本女性は、身体的そして言語的な差異のせいもあって、再び崇拝の対象となっている自分たちに気づく。

ジョン・W・ダワーのピュリツァー賞受賞作『敗北を抱きしめて』に詳しいが、(訳注:戦後に)日本男性が人として下位に格下げになった一方で、日本女性は(西欧人にとって伝統的にこれが日本女性と見られていた「芸者」)は欲望と陶酔の対象だった。米軍人たちは、米軍の写真部隊のために高価なきものを着た彼女たちに群がった。


訳注:
ジョン・W・ダワー:米国の歴史学者。日本近代史。妻は日本人。吉田茂の研究で博士号を取得。マサチューセッツ工科大学教授。
著書『容赦なき戦争』では、戦争が苛烈になった一因を日米両国の有していた相手国への選民意識・蔑視意識にみとめる解釈を示した。
『敗北を抱きしめて』では、日本に民主主義が定着する過程を日米両者の視点に立って描き出した。

強姦事件を防ぐために、日本政府は、若い日本女性にだぶだぶの服をきて、親しげに自分を見せないように推奨した。進駐軍側も、秩序を保つ目的で政府主導の売春政策を打ち出した。『敗北を抱きしめて』に書かれていることだが、そこでは一日に50人の米軍人の相手をすることも珍しいことではなかったという。彼女たちの中にはノイローゼになるものもいれば、自殺するものもいた。

アメリカ人は日本のセックスに惹かれた。どちらかといえば、セックスが人々を惹きつけたのだ。
いや、セックスへの興味自体は自然なものだろう。健康的で普通のことだ。たが、日本のセックスにアメリカ人が夢中になったのは、伝統的な視点から見て、(訳注:歴史的あるいは宗教的)背景が不足しているせいだった。
つまり、セックスが、ほとんどのアメリカ人が根底にもつ同じ宗教構造でくくれないということだった。

日本では、セックスに対する罪悪感が浸透していない。一般的に言って、伝統的な性に関するタブーはアメリカより少ない。
裸はもちろん誰にとっても恥ずかしいものではあるが、恥ずべきことではない。むしろ、自然なものとしてとらえられ、家族や友達、同僚同士ですらいっしょに温泉に入る。

日本のポルノは(大多数のアメリカ人は日本のセックスをこれで知るのだが)性器は検閲するが、だからといって日本が上品ぶって裸にうるさいということではない。こうした日本の性は、特に(訳注:禁欲的な)ピューリタンを背景にもつ米国のグラフィック・ポルノと比べると対照的で、だからこそアメリカ人は単純に日本に「変態」というラベルを貼ってしまう結果になる。

が、ストリップ・クラブで裸の女性を見るために金を払うアメリカ人と、ナイト・スポットで合法的なフェラチオに金を払う日本人のどちらが変態と言われれば、たぶんどっちもどっちだ。ただ、少なくとも、日本は、うわべをつくろおうなんてことはしない。

戦後、日本という国の言語、文化、歴史に興味をもった軍人たちもいた。日本に駐軍していた米軍人の一人、ドナルド・リッチーは、その後、著名な日本映画専門家になっていく。日本にチャンスを見出し、企業を作ったアメリカ人ビジネスマンもいた。たとえば、セガもその1つだ。

その後、数十年の間に、戦時中に生まれたアメリカ人たちが、日本にまったくちがった光を当て始めていった。1950〜70年代にかけて、アメリカのカウンター・カルチャー、つまり、当初はビートニクスと呼ばれ、後にヒッピーと呼ばれた文化が、禅仏教や神道のような宗教を通じて日本を発見する。

1960年代になると、武道が根付きはじめ、ハリウッドですら『影なき狙撃者』(訳注:1962年)のような映画で空手を取り入れだし、映画をよく観に行くアメリカの観客を喜ばせた。
敵国としてロシアが日本にとってかわり、ハリウッドは気楽にフランク・シナトラにテーブルで空手チョップをさせた。この空手チョップは、それよりたった10年前には非アメリカ人的行為だと思われていただろうに。

1950年代ともなると、映画が、アメリカ人の日本への執着のしかたを大きく変えるものとなる。黒澤明はジョン・フォードのようなアメリカ人映画監督に心酔していたが、観客たちが見たこともない手法で、ハリウッドと日本とシェイクスピアといったちぐはぐなものの影響を1つに統合してみせた。

日本はアメリカ文化に近かった。だが、本当に本当に遠くもあった。黒澤がやったことは、カウボーイを連れてきて刀をもたせたなどというような単純ことではない。映画の構造もテーマ追求も、まったく新しい方法だった。こうしたことが、アメリカの子供たちが『NINJA GAIDEN』を楽しむ時代の土台を作り、アメリカの1つの世代が『ベスト・キッド』を見て空手を始める前触れとなったのだ。

アメリカ人が日本に魅了されるのは、似ていながら違う回転をもっているところだ。たとえば、『ゴジラ』だ。これは単なる『キングコング』の焼き直しではない。ハリウッド以上に、核戦争からのインスピレーションを受けている怪獣映画だ。
ちがっているのは映画のテーマばかりではない。日本がこだわったのは、細心の注意を払って作られたミニチュアのセットの中をゴジラの着ぐるみをきた人間がドカドカと歩き回るあたりだった。このミニチュアのセットは細部まで執拗なまでの注意を払われていたのだ。

1960年代に育ったアメリカ人は、地元の小さな映画館や深夜のテレビで放映されていたひどい品質の吹き替え映画で、日本の怪獣映画を定期的に摂取していた。日本のアニメもまた1960〜70年代にかけて侵攻を開始していて、アメリカ人が今まで見たことがないロボットだとかレーシング・カーだとかを運んできた。
そして、これは、20世紀に日本がもたらした最も重要なポップ・カルチャーと言えるものの出現で頂点を迎える。そう、ゲームだ。

アタリ2600には年齢的に間に合わなかったが、Nintendo Entertainment System(訳注:NES。日本のファミコンの米国版)のときには十分に成長していた世代にとって、日本といえばゲームの代名詞だった。
子供の頃、僕は、任天堂やセガが日本の企業だと知らなかった。ちょうど、今の日本の子供がたぶんマクドナルドからアメリカを想像しないように。80年代がのろのろと進むにつれ、徐々に僕は真実を知ったのだ。

80年代は日本にとって、経済が爆発した猛々しい時代だった。日本語をまったく知らない人間であっても、日本に行けば英語を教えることで大もうけできるというのは、アメリカ人なら周知の話だった。
1970年代の日本バッシングの後、日本はビジネスの設計図に組み込まれ、ハーバードでMBAを取るものはみな「日本的精神」からビジネスをどう見るかというあたりで優位に立とうとした。

空想の世界でも、『ライジング・サン』であれ、『ガン・ホー』であれ、そして『ダイハード』ですら、日本企業が支配していた。

そしてバブルがはじける。1990年代は、日本に失われた10年を作り出した。日本の子供たちが両親たちより酷い暮らしをするほかなくなるだろうとされた時代だ。
日本の労働倫理は、戦後ずっと世界に言い広められてきたものだった。はじめは単純に「多忙に仕事をこなす」という伝統として解説され、日本企業が米国企業ほどやせ細っていないことも同時に喧伝されていたものだった…。

が、経済は行き詰っていったかもしれないが、1990年代、日本はクリエイティブな爆発を見た。音楽、アート、そしてゲームだ。
90年代後半には、昔からの親日家、ウィリアム・ギブスンのような人々によって、日本は究極のクールになる。いわく、未来を見たいなら、日本に行け。未来としての日本という概念は、未知のものだった。

日本は未来ではない。日本はいつだってシンプルに日本だ。そして、日本はいつも変わりつづけている。

1990年代には、ロボット人気が下火になり、村上隆や森万里子といったアーティストたちのおかげで、日本のアートが如才がなく風刺的なものとして捉えられるようになっていた。

インターネットが爆発的に普及する前の暗い90年代であっても、コーネリアスやカヒミ・カリィといった日本のミュージシャンたちがアメリカの主流の音楽雑誌に登場しはじめ、MTVに出演さえした。
日本の雑誌『FRUiTS』は原宿のワイルドなファッションを見せつけ、ニューヨークやロスアンゼルスの本屋には輸入された『FRUiTS』が並びだした。

こうしたものはどれも、日本のポップ・カルチャーの主流ではない。サブカルチャー的な流れだ。だが、アメリカ人はそうしたことをよくわかっていなかった。ただ、日本は突然、ものすごくクールなものになっていたのだ。

日本の音楽やファッションは、アメリカ人にも親しみやすい。ほとんどアメリカ的だ。だが、同時に信じられないほどにちがう。解釈のしかたがちがうのだ。たとえば、ビーチボーイズの音楽が、ビーチボーイズのメンバーがかつて聴いていた音楽とはちがうように、だ。
コピーではなかった。それは新鮮で、オリジナルで、新しかった。90年代に日本を発見した人々にとって、この日本という国はクールの中心地だった。

そしてまた、90年代には、あの『ポケモン』が日本と世界を席巻する。キュート、あるいは「かわいい」というコンセプトがアメリカの学者たちによって見出され、議論された。

ケルツは言う。「『ポケモン』やその他のゲームの爆発的な成功によって加速した、この新しい「日本好き」がこれまでときわだって違う点は、(訳注:これまでの伝統的な日本文化ではなく)非常に現代的なものだということです。アメリカ人もそれ以外の西欧人も、日本に色、光、遊び心に満ちた楽しみ、率直さといったものを見ています」。

キュートなキャラクターは新しいものではない。だが、突然、多くのアメリカの活字が、かわいいものへの萌えに費やされ、日本では大人ですら(そう、大人!)マンガを読むことを指摘することに使われた。

ケルツによれば、日本のポップ・カルチャーは西欧人の好みなど相手にしていないという。
「日本人のために作られた日本人のものなんですよ。なのに、まだまだ支配的だけれども、疲弊してくたくたになったアメリカのポップ・カルチャーの代わりになるものとしてアメリカに到着したんです。『ハローキティ』は新鮮に映る。でも、ミッキー・マウスはそうじゃないっていうふうなね」。
ケルツはこうも言う。
「日本のポップ・カルチャーは、新鮮さを感じるには十分に異質。でも、気安さを感じられるほど十分に親しみやすいんです」。

こうして、ロボットやニンジャにはそんなに興味がない、新種の「日本好き」たちが生まれた。
1980年代にはアニメ・ファンたちが交流する手段がなかったと、アルトは言う。「ファンたちの組織が一握りはありましたが、東か西海岸の大都市に限られていましたし、交流もニュースレターや、VHSテープの交換とか、そんな感じでした」。

日本文化をかつてないほど広めたのは、インターネットだった。アメリカ人でも、マンガやアニメをすぐに読めるため、ファン層はさらに拡大し、繋がりあい、交流ができるようにもなった。
アメリカのアニメ・ファンダムは格段に社交的になり、アニメやコスプレのイベントの急増に繋がっていった。

だが、インターネットはまた、日本のポップ・カルチャーで最も問題の多い、ニッチな要素にもスポットライトを当ててしまった。たとえば、未成年キャラクター、セックス、暴力、ポルノといった、ありとあらゆるものだ。

米国にも、相当な量の危ういニッチなコミックや、ポルノ映画、ゲームがある。ただ、日本は、アメリカ人が社会を見直すときの「スケープゴート」になってしまったのだ。日本語も日本文化も理解できてないまま、「これは好きじゃない。これは間違ってる」という話になってしまうのは、そのせいだ。

確かに、中にはまちがっているものもあるのかもしれない。だが、その大半はニッチなもので、つまり日本のほとんどの人はまったく知らないものだ。
ただ、日本という国はアメリカとちがって、伝統的に物事に対して一方的な判断は下さない。いろいろな意味で無関心ですらあるし、表現の自由を大事にもしている。
(それゆえに)1970年代もそうだったように、日本はしばしばアメリカ人に罪をなすりつけられ、ムチ打たれる存在になってしまう。

「日本には一見してユニークな特徴がたくさんあります。しかも、今私たちが生きてる、情報の伝播を中心に動いている世界にぴったりの特徴です」とアルトは言う。
「アメリカ人のスタンダードから見て、奇妙に思えるものを選んで拾うことなど簡単ですよ。『ハロー・キティ』のバイブレーターやら、触手ポルノやら、『ラブプラス』のキャラクターと結婚した男性やら、シンプルなスナック菓子ひとつとってもそうです」。

つまりだ。日本に萌えたいというのなら、その背景を汲み取り、なぜそうなのかという説明もできなければいけないということなのだ。

アルトによれば、日本文化はパーフェクトではないという。彼は正しい。完璧ではない。
が、彼はまた、外国人が不平を言う問題の90%は、背景や言語がわかれば説明がつくことだとも言う。

日本はユニークな場所だ。奇妙なものも素晴らしいものの両方たくさんある。不当に扱っていい国ではない。
日本に萌えることだって何も間違ってはいない。日本はいつだってアメリカを萌えさせてきた国だ。

ただ、間違っているのは、その文化の前後関係を理解しようともせずに、日本を指差し、そこに奇妙だというレッテルを貼ることだ。
確かに、日本は奇妙だ。だが、アメリカのほうがはるかに奇妙な国なのだから。●



この記事についたコメントは、明日か明後日に。


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posted by gyanko at 22:42 | Comment(231) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月03日

海外の反応 - AKB新メンバー、江口愛美 -

本日はこちらから



そんなに完璧ではないプリンセス:日本の音楽プロデューサーが、コンピューターで作った歌手で、多くのファンたちの心をもてあそぶ。

AKB48 アイスの実 Aisu no Mi CM (with Eguchi Aimi 江口愛実)


多くのファンたちにとって、今話題の日本の歌手、江口愛美はパーフェクトなポップ・スターだ。
だが、一皮むけば、彼女のデリケートな顔立ちもきっちりと整えたヘアも、すべてが順調だったわけではない。

うんざりするほどスイートな、このポップ・アイドルは、AKB48で一番魅力的なメンバー6人の写真をコンピューターで合成して生まれた。彼女の高い声も、ある俳優の声を自動調整したものにすぎない(訳注:声は、12期生の佐々木優佳里)。

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写真(上):コンピューター生まれの江口愛美。日本のキャンディのCMで、微笑みつつ手を振る。このCMでファンの間に疑惑が生まれた。


16歳とされる、この日本のガール・グループのスターを追いかけていたファンたちは、愛美の真実にショックを受けている。

愛美が、AKB48に加入したのは今年の初め。AKB48は今、日本の音楽シーンにセンセーションを巻き起こしているグループだ。

メンバーは61人。日々、東京の劇場でパフォーマンスを披露しながら、新メンバーになるべく多くの10代の少女たちが競争を繰り広げている。テレビのヒット番組にも出演中だ。

AKB48の愛美のプロフィールによると、彼女は16歳。陸上競技の経験がある、埼玉生まれ。集英社の『週刊プレイボーイ』の表紙でデビューした。


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写真(上):ポップ・シンガーの製造過程。オンラインで公表された動画で、右側の本物の歌手からどのように顔の特徴をとり、左側の愛美の顔に溶け込ませたかがわかる。

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写真(上):口を開いているところ。プロデューサー側は、右側のポップ・スターの口元が愛美にとってパーフェクトと考えた。


愛美が、下っ端の練習生として加入したとき、AKB48の熱心なファンたちは疑問を抱きはしたが、すぐに愛美は、グループ内で最も認知されているメンバーたちとともにキャンディのCMに出演した。

だが、眼力鋭いファンたちは、愛美の誕生日2月11日が、このCMのキャンディ・メーカー、江崎グリコの創立日と同じであることに気づいていた。

この企業のスローガンは「ひとつぶ300メートル」。このあたりも、愛美が好きな陸上競技の300メートル短距離走を連想させる。

AKB48のマネージメント会社は、江口を守ろうと試みた。「実在しますよ。12期生のオーディションで取れなかったので、急きょ採用しました」とはマネージメント側の弁。


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写真(上):右側の実在の歌手と愛美が似ているのはあきらかだ。

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写真(上):頭の形とアゴのラインがほぼいっしょ。

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写真(上):愛美の目が、このガール・グループの歌手からデジタルに移植されてるのがはっきりとわかる。


しかし、結局、とあるサイトが、彼女たちのプロデューサーが愛美の顔をどのようにして作ったかという動画を公表し、この企画の真実はばれた。
Singularity Hubによると、「江口愛美を作るにあたって、多くの作業が行われた」という。「実在する人々の競争と同じぐらい、ファンにアピールするCGスターを作る時代になりつつあるのか」とSingularity Hubは伝えている。

動画では、グラフィックの専門家たちが、キャンディのCMに出演する、最も魅力的なメンバー6人の顔のつくりを調べている様子がわかる。

AKB48 - Making of Eguchi Aimi 江口愛実 HD


専門家たちは、それぞれの少女の目、鼻、口、ヘア、体型、顔の輪郭、眉をコンピューター・イメージとして取り込み、デジタルで融合することで、グループの「パーフェクトな」メンバーを作り上げた。

愛美は売名目的の企画だという解説者たちもいれば、もしファンが疑問を抱かなかったら、この偽者はどれだけ長い間通用していたんだろうといぶかる向きもある。

日本では、コンピューター・グラフィックで作り出した想像上のポップ・スターを使うというトレンドが成長中だ。

アニメ・シリーズ『けいおん!』には、全員女の子のバンド、『放課後ティータイム』が登場するが、この想像上のバンドが2009年にリリースしたアルバムは週間チャートの1位に輝いた。

ChannelNews Asiaは、「動画は江口のファンたちに衝撃を与えたが、江口の顔だちは、コンピューター・グラフィックの巧みな利用というより、(訳注:AKBのメンバーたちの)良い遺伝子の結果なのだということをファンたちに納得させてくれるものだ」と報じている。●



コメントは、この記事についたものと、こちらから。


■もう何も信じられないよ。ぜんぶ幻覚じゃないか!たぶん、僕たち自身も幻覚なんだよ……。(+10)

■ウィリアム・ギブソン(訳注:米国のSF作家。コンピューター上のバーチャル・リアリティの概念を作った)が、大好きそうな話題だな。(+6)

■ワオ。感動的な捏造じゃないか。この技術的手腕はほめられてしかるべきだろ。(+144)

■ガールズ・アラウドに起こったことと同じだろ。あそこだと、シェリルがCGだ(笑。(+62)

↓シェリル・コール。

cheryl.jpg

■アジア人ってのは、ほんっとにビューティフルだよ。(+103)

 ■↑アジア社会に住んでると、平べったい顔の不細工なアジア人だっているってわかる。どんな社会だって同じこと。ただ、奇妙なのは、西欧的な造作のほうが魅力的だって考えられてるってこと。そこがちがうね。興味深いところだよ。(+18)

■笑いごとじゃないぞ。いずれ、こんなふうに現実の人々をデザインする時代がくるんだから…。(+56)

■でも、彼女の顔、ちょっとバランス取れてない感じがするんだが。(+10)

■すごいテクノロジーだ。ただ、彼女の耳は誰からだったの?(+4)

■彼女たちみんな、すばらしくきれいだねえ。(+8)

■『シモーヌ』ってアル・パチーノの映画を思い出したよ。(訳注:バーチャル女優の作成プログラムをめぐるSF映画)。(+13)

■この日本の女の子たち、大好きだ。彼女たちにはすっごくスイートで、スペシャルなものがあるよ。
日本が、悲惨な災害から早く復興することを祈ってる。(+24)

■つまり。私たちに商品を売るために、魅力的な人々を選び出して使ったコンテンツというんじゃないんだな。私たちにさらに商品を売るために、人工的に魅力的な人々を作り出して使ったコンテンツってことだ。

若い女の子が自分に満足できずに、美人になろうと整形手術を受けるより賢いことだと思わないか?
若い女の子たちが不可能の可能にするためにあがくっていう未来に、私たちは向かいつつあるからね。(+15)

■目にするものすべてを手に入れられるわけではない!今あるモデルたちだって、フォトショップで加工された偽者だろ。これに比べたら、完璧な顔だちではないにしろ。(+17)

■日本から戻ってきたところ。あっちのテレビ番組は、こんなふうな幼稚な知性のものばっかり。彼女たちみたいな衣装を着て、耳をつんざくような声で話す。ずっと英語のチャンネルばっかり見てたよ。

日本の人たちはすっごく礼儀正しいし、フレンドリー(受身ではあるけど)。でも、この手の番組に彼らがじっと我慢してるってのが理解できない。(+26)

■フィルム・スタジオにとっては、お金の節約になるよね。だって、俳優に出演料払わなくていいんだもん。(+48)

■ひどい歌だなあ…。コンピューター・グラフィックは魅力的なのに。(+6)

■別に誰かをもてあそんだわけじゃないだろ。だって、周知のことなわけでしょ。作りものだっていうのは動画のクオリティでわかるし。(訳注:本物かどうか判別しにくい)キメのあらいバックステージ写真をわざとリークしたとかでもないわけでさ。

この記事ではスキャンダルみたいな書き方してるけど、ちがうよ。

それと、このグループって、ソニーよりも任天堂よりも地震救援のために寄付してるんだよね。(+16)

■面白い。偽者に過ぎないけれど、あたかも本物のようにエアブラシ処理されて、振り付けされて、声も自動調整された歌手登場ってわけか。(+73)

■それにしても、どうして彼女の顔の左側を右側より大きめに作ったんだろう?人間って、左右対称が一番受けがいいって言われない?(+14)

■この子をメンバーで最高の容姿に作るつもりだったんだろうけど、眉のモデルになった子が、CGの子よりかわいいと思うんだけどなあ。(+17)

■ハリウッドがスターを作るやり方より、安全だと思うね。…これは、ビバリーヒルズの整形外科医を怒らせることになるよ、絶対。……新キャラクターは、きれいだ。明るい自然な感じで、わざと完璧じゃなくしてる。整形よりぜんっぜんいい!よくやったよ!(+8)

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■うん、面白い。こういうやり口はちょっと不安を感じもするけど、日本の人口甘味料的仕事って話にすぎないのかもな。

■「そんなわけだから、キミはクビだ。今まで一生懸命働いてくれてありがとう」ってことになりかねんよな。

■不気味の谷が、これほどたくさんのキャッチーなJポップでいっぱいになるとは思わなかったよ。まあ、振り返ってみれば、こうなることはわかっていたことなのかな。

 ■↑Jポップは、不気味の谷のサウンドラックと言っていいよ。そうだな、これか、Kポップ。韓国と日本は、こういう工場生産型のバブルガム・ミュージック(訳注:1960年代後半から1970年代初めに流行った、子ども向けの単純明快なロック音楽)で競い合ってる。トップをとるのはどっちなのかね……。

  ■↑世界中そうだろ。

■ついに完璧な女性が登場したわけか。「完璧」っていうのは、ありえたとしても、……悪夢じみてたり、病的だったり、気味が悪かったりするもんなんだけどね。

■こういうテクノロジーの使い方は、認める。

 ■↑僕もだな。僕から見ると、すっごい自然だもん。……不気味の谷はほとんど感じないね。もうちょっと頭とか顔の動き、アイ・コンタクトがあったら、かなりパーフェクト。

みんなメイキング・ビデオを知らなかったら、コンピューターで合成したんだなんて考えてもみなかったんじゃないの?

「人間の判断」の研究するのに、大きな意味があるとも言える。人間の顔のつくりがどんなふうだと人はそれを美しいと思うのかっていうね。

■少なくとも、日本の科学者たちは、彼女を「似たり寄ったりの、どっかで見た顔」にはしなかったってこと…。

 ■↑確かに。

■こういうのがあるから、ウィリアム・ギブスンは未来について書くのをやめちゃったんだろうなあ。

■おお……アイスの実って、最高よ。暑いジメジメした東京の夏には!

■うわぁ…。吐き気がするよ。十分に偽者くさい。順番にメンバーの女の子たちを見せてたほうがよっぽど楽しめるって。

■声を『ボーカロイド』にしろって。そうしたいんでしょ、本当は。わかってるんだから!やっていいってば!

もう『ボーカロイド』は嫌われてる!気持ちの悪い魂のない、憎悪の対象だ!これ以上失うものはない!行け!日本!責めたりはしない!約束する!

■アップルあたりが、こういうことを研究しはじめたらどういうことになるのかなあ。

■もうすぐこういうのが、デカい企業のスターになるんだろう。人工的に作れて、好きなだけ搾取できるんだから、もう人間なんか要らないよ。偽者なんだから、1セントも払う必要ないしね。

■これのアイディアをどっからとってきたか、オレは知ってる。『あいこら』だ。(訳注:女性の「パーツ」にうるさい好みと強烈な愛情をもつ主人公、前田ハチベエ。彼と、彼好みのパーツをもつ数人の女性たちとの騒動を描いたラブコメ。)

■AKB48のファンとして言いたい。メンバーからパーツをとって、キメラを作り上げるっていうのは、どこか気味が悪いよ。フランケンシュタイン的悪夢というかさ…。



高橋みなみという子の顔が、昔のヨーロッパ映画の女優さんみたいな顔だなあと思います。ロミー・シュナイダーとか、そのへんの。



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タグ:AKB48
posted by gyanko at 08:49 | Comment(66) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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