2011年10月03日

海外記事 - 米国テレビドラマは、日本のドラマや女性向けマンガを参考にするべき -


本日はこちらから。

JEZEBELは、ファッションやセレブといった女性向けの情報を扱うサイト。月間1000万ビュー。ユーザーの70%が女性と言われています。


本日の記事は好評を博していた記事なのですが、いずれ…と思っているうちに忘れ果てておりました。ここらでやっておかねば、賞味期限も切れそうなので。


メディアのかたがたへご連絡:来年は、もっとダイナミックな女性キャラクターを作ってください。

2010年代も終わり、ベスト○○が取り沙汰される時期だが、はっきりしてることが1つある。『セックス・アンド・ザ・シティ』を除けば、米国にはメディアの象徴的女性キャラクターがリストを作れるほどいない。問題なのは、選べるほど数がないことだ。

ダイナミックな女性キャラクターがなかなか見つからない理由の1つには、アメリカ人の、性別に対する狭苦しい二元論がある。
このせいで、米国の娯楽作品は「男性層」と「女性層」にグループ分けされたうえ、誰もが「男性18〜30歳」の視聴者層をねらいたがる。この層の獲得に重点が置かれ、広告費もここにかけられるのだ。

その結果、現在、私たちをめぐる環境には、こうした女性層の「腰の低さっぷり」が当たり前のように組み込まれている。これを修復するにはどうしたらいいのか?

ここで1つの解決策になるのは、日本のポップ・カルチャーの現状、男女観、コンテンツ制作、そしてマーケティングに目を向けることかもしれない。

研究者、伊藤瑞子(訳注:、カリフォルニア大学アーバイン校、文化人類学准教授)は、『Beyond Barbie and Mortal Kombat: New Perspectives on Gender and Gaming』に「日本のメディア・ミックスにおけるジェンダーの力学」という面白い文章を寄せている。それによれば、日本文化は、性別を符号化するとき、米国文化とはやり方がちがうという。

伊藤はこれを、『ポケモン』や『とっとこハム太郎』を例にとって解説している。どちらも、男らしさや女らしさを符号化はしているものの、性別を問わず子どもに楽しまれているものだ。

伊藤はこう結論づけている。
「性差(訳注:でものを考えること)は他国と同様に日本でも盛んだが、流動性やクロスオーバーも存在するという点で米国とは異なる。日本のメディア・ミックス文化がますます海外に影響力を強めている昨今、このことを「情報としては有益だが、自分たちとは無関係な奇妙なこと」として片付けるわけにはいかない。
男の子ならこんな感じ、女の子はこんな感じという「文化として染みついた思い込み」のせいで、本来なら起こったかもしれない、ジェンダーに関する政治闘争や権利の主張が妨げられている場合もあるのだから」

なにか新しいものを読んだり見たりすると、伊藤の研究についてしばしば考えさせられる。私はかなりの量の米国産のメディアを消費する一方で、漫画ドロイド(訳注:Amazonで販売されているマンガを検索&購入できるアプリ)にとりつかれたり、mysoju.com(訳注:日本、台湾、韓国のドラマや映画紹介サイト)といったサイトに執拗に通う自分にも気づいている。なんといっても、米国と比べると、日本の女性向けコンテンツは数が多いのだ。

私がここで言いたいのは、日本のメディア・ミックスには性差別がないだとか(ないわけではない)、よくありがちなステロタイプに陥ってないなどということではない(ステロタイプはある)。
ただ、一般的に言って、女性モノのコンテンツを探そうと思ったとき、日本のメディア・ミックスのほうが段違いに多くの選択肢がある。しかも、作者が女性であることも多いとくる。

これからここで、ハリウッドや米国のテレビ産業にここを重視してほしいと私が思う5つの点を書いていこうと思う。


アクセサリってだけではない女性キャラクター

『ビッグバン★セオリー/ギークなボクらの恋愛法則』は面白いとは思うが、男二人の対決より、もっとペニーが大きな役割を果たしてくれていたらよかったのになあと思ってしまう。(ペニーが『ウォークラフト』にはまっていることを語った回で、彼女がストーリーを引っ張っていけることは証明済み)。


訳注:『ビッグバン★セオリー/ギークなボクらの恋愛法則』=ルームシェア中の二十代の仲良しオタクコンビ、レナードとシェルドンは、頭脳明晰な物理学者。が、どうも世間からズレていて、ルックスもイマイチなので女性にモテる気配もない。
そんな2人の部屋の向かいにある日、キュートなブロンドの独身美女、ペニーが引っ越してきたことから始まるコメディ・ドラマ。)

『ママと恋に落ちるまで』も見てはいるが、リリーとロビンがいっしょに登場するシーン(あったとしても全部で5回ぐらいだが)を見るたびに、テレビ画面に向かって「リリーを自由にしてあげて!」と絶叫したい欲求に駆られる。

訳注:『ママと恋に落ちるまで』=大都会にごく普通に暮らすテッドとその愉快な仲間たちの恋愛事情がコミカルに描かれたラブコメディー。
ロビンは、テッドの一目惚れの相手で、男勝りなキャリアウーマン。リリーは、テッドの親友の婚約者で、幼稚園の先生。)

私が言いたいのは、「気の強い親友」に恵まれない負け犬なんて立ち位置以外の女性主人公が見たいってことなのだ。(そう、『New Adventures of Old Christine(オールド・クリスティーンの新しい冒険)』、あなたのことよ!)

訳注:『New Adventures of Old Christine』=離婚し、シングルマザーとなったクリスティーン。子育てと仕事に忙しい彼女だが、元夫はすでに、一回りも年下のガールフレンドとラブラブであることを知る。しかも、自分と同名で、夫は彼女のことをニュー・クリスティーン、自分のことはオールド・クリスティーンと呼んでいるらしい。そんなオールド・クリスティーンの日常と友人たちとの関係を描いたコメディ・ドラマ。)

VIZ発行の雑誌、Shojo Beatが休刊するまで、私は2つのシリーズに惹かれていた。
1つは『紅色HERO』。これはバレーボールを愛するオテンバな女の子の話。私自身はスポーツに興味はないが、自分の運動神経の良さに申し訳なさそうにしつつも、一点集中型の主人公、のばらが面白かったのだ。
彼女が恋する相手はいるかというと、もちろんいる。でも、試合に備えて集中トレーニングとなると、恋もためらいなく振り切るのだ。


訳注:『Shojo Beat』=2005年にVIZ Mediaが北米で創刊した月刊少女漫画誌。年平均3万8000部を出すも、同じ時期に30万部以上を発行するShonen Jumpには遠く及ばず2009年休刊。が、サイトと単行本のShojo Beatレーベルは今も存在し、北米に少女マンガを紹介する役割を果たしている。)

紅色HERO 20 (マーガレットコミックス)

のばらはまた、他チームとの対戦のためにチームを結束させようと一生懸命だ。読めば、のばらに勝ってほしいと祈らざるをえなくなる。
こんなことを言わなきゃいけないのは変な話だが、男のためだけに存在するわけじゃない女性キャラクターを見られるなんてステキなことだ。

もう1つのシリーズは、私が大好きな『砂時計』。

砂時計 (1) (Betsucomiフラワーコミックス)

このコミックにも、恋する相手は登場するが、シリーズの最初の数巻は暗闇に包まれている。
主人公の杏は、母親の借金のため、島根の小さな町に引っ越さねばならなくなる。シリーズの大きな転機は、母親の自殺と、取り残された杏がそれに対処しねばならなくなるところだ。

表向き、『砂時計』は思春期のラブ・ストーリーに見える。が、読み進めるうちに浮かび上がってくる根本テーマは、成長だったり、愛情と貞節への考え方の変化だ。杏は、年をとるにつれて、人格の多くの面を成長させていく。
そうやって成長して大人になっていくキャラクターを見ていると、新鮮な気分になるのだ。


さまざまな人生を歩む女性を描いたストーリーを。

正直言って、23歳のとき、私はもうほとんどマンガを読まなくなりかけていた。輸入ものはどれも高校を中心にやりとりされていたし、ドラマとなると、さして人生経験のない人間にとっては、興味を持とうにも、初めて経験する要素が多すぎた。

が、幸運なことに、私がマンガを完全に読まなくなる前に、Tokyopop(訳注:米国でマンガの翻訳、出版を手がける会社)が『きみはペット』の連載を開始したのだ。これが私の「josei manga(女性マンガ)」への扉を開いてくれた。

『きみはペット』はもう、オープンニングからして私の心をとらえた。

きみはペット(14)<完> (講談社コミックスKiss (571巻))

スミレは、背が高く、高学歴の有能なキャリア・ウーマンだが、そこが理由で損をしているとも感じている。仕事でクタクタの中、上司を殴ってしまい、ついでに昔のボーイフレンドの泣き言まで聞かねばならない。

そこに、典型的なマンガの流儀だが、ありえないことが起こり、彼女と一人の少年を結びつける。彼女は少年をモモと名づけ、ペットと呼ぶことになる。
この物語の横糸は、年上であること、デート、寂しさであり、そこへ見る側の私たちの期待が重なる。

このマンガは実写版シリーズにもなり、人気作となった。ドラマのほうは、哀愁に満ちた原作より、かなり浮ついていて、間抜けな感じだったが、まあ、いい、松潤が出てるから。不平は言わない。

KImi Wa Petto


米国では、メリル・ストリープが、人生や愛のさまざまなステージにいる老いた女性たちを描くプロジェクトを一人で推し進めているところだ。同じような道を着実に進んでいる女優は他にもいる。

こうした、思い悩む、複雑な女性たちを描いた作品が見られるのは、興味深いことだ。なぜなら、そうしたイメージというのはおうおうにして削除され、かわりに、果てしなく明るくて、果てしなくビッチなガールフレンドだとか、複雑さなどみじんもない恋人なんてほうが支持されることが多いものだから。


働く女性

これは言っておこう。私は、リッチで有名な人たちのライフスタイルにはもう興味がないし、働く必要もなく、際限のない自由な時間を過ごす人々をテレビで見るのもうんざりだ。

『TVキャスター マーフィー・ブラウン』や『メアリー・タイラー・ムーア・ショー』を充実させていたのは、やはりワーク・ライフを描いたところだった。


訳注:『TVキャスター マーフィー・ブラウン』=アルコールとタバコへの依存から療養所に送られたテレビキャスター、マーフィー・ブラウン。療養所からテレビ局へ戻ってきた彼女と取り巻く人々を、時事問題や社会情勢を映しながらユーモアたっぷりに描いた大ヒット・コメディ。)

訳注:『メアリー・タイラー・ムーア・ショー』=30歳の独身女性が、婚約破棄の傷からミネアポリスへ引越し、テレビ局の秘書から、やがてプロデューサーになっていくというサクセス・ストーリー。)

ワーク・ライフが描かれていれば、『ザ・ヒルズ』への憎悪を飲み込み、『The City』の数エピソードをチェックすることだってできるというものだ。
いや、キャラクターはどうでもいい。ただ、私としては、ファッション雑誌で働くのってどんな感じなのかを知りたくてしょうがなかったのだ。(あれがテレビ用に作られたしょうもない番組だったことはわかってるべきだったとは思うけれども)。


訳注:『ザ・ヒルズ』=ロスアンゼルスの若者の私生活に密着した、建前上は「リアリティ番組」。)

訳注:『The City』=『ザ・ヒルズ』のスピン・オフ作品。『ザ・ヒルズ』シーズン1〜4に出演したホイットニー・ポートとその周辺を描いたドラマ。ファッション雑誌『Teen Vogue』の正社員の後、『ダイアンフォンファステンバーグ』のニューヨーク・オフィスで働く。)

スパイシーピンク』を読みはじめたのは、漫画ドロイドのおかげだった。これは、仕事と恋愛のバランスをどうとるかを描いた作品だ。
プロットは、私の好みからすれば少々進みがのろいとはいえ、キャリアを優先しつつ、女友達との関係もちゃんと維持する努力をし、20代後半の暮らしの多くを仕事に費やしている女性の話を読むのが本当に楽しかった。私にとって、これはリアルだった。

スパイシーピンク 1 (クイーンズコミックス)


取り繕わなくていい。

去年、友達の1人が、Jドラマのロマンティック・コメディ『ホタルノヒカリ』にはまり込んだが、これは当然といえば当然の話だった。

「蛍は、有名なインテリア・デザイン会社に勤めている。仕事は華やかだが、私生活といえば「華やか」などとはまったくかけ離れたものだった。一人暮らしの彼女は、仕事をしていないときは、ほぼぐうたら。部屋ではジャージで過ごしている。男に関心はなく、それどころか、何にも興味がない。遊びまわるより、ゴロゴロしていたいというのが彼女の信条だった。」

ビールをがぶ飲みし、ゲップまでする主人公。「干物女」(若くして乾き切っているという意味)な彼女への同僚からの忠告も完全に無視だ。

興味深いのは、この物語が、スタンダードな三角関係に面白いひねりをくわえていることだ。蛍は、「理想の女の子」である、彼女のライバルのことが大好きなのだ。男をめぐる女の争いの力学は、しばしば議論されることだというのに。

美しくつくろったJドラマは多くないのかって?もちろん、多い。けれど、ヒロインをあるがままに描いたドラマだって、Jドラマにはたくさんあるのだ。


『NANA』のような作品を一般的に。

私はよく、矢沢あいの人気シリーズ『NANA』の話をする。どうしてかといえば、この話には、女性を語る良質のストーリーの要素がたくさん組み込まれているからだ。

シリーズは、愛、生活、仕事、名声をテーマとしている。だが、物語のベースは大崎ナナと小松奈々の友情だ。キャラクターはそれぞれ自身の人格を備え、弱さももっている。

ツンとしていて、チェーン・スモーカーで、ヴィヴィアン・ウエストウッドを着た、未来のロッカー、大崎ナナ。ぼんやりしていて、恋に恋する、かわいい女の子、小松奈々。大崎ナナのファンになれば、一方で少しずつ小松奈々のことも知っていくことになる。

『NANA』がこれほど人気作になった理由は、自分の力で生きてはいるが、さほど成功しているわけでもない、20代の子たちの暮らしを決して見下すことなく描いているところだろう。

ハリウッドが2人の女性を登場させて映画を作ることに半信半疑であることぐらい、私たちはわかっている。おそらく、『NANA』の人気ぶりを彼らに説明すれば、こうした描写をハリウッドが描く余地もできてくるのだろうが。

備考:私は、百合やヤオイに関しては、どんな要素を米国に取り入れるべきなのか議論できるほど読んでいない。テンプレートを作れるほど十分な数の実写版が存在するのかもわかっていない。
けれど、日本のメディア・ミックスのホモセクシュアル表現に興味がある読者がいるのなら、知らせてほしい。将来、記事にするために調べておくのはやぶさかではないので。●



この記事についたコメントは次回。


   


<お願い>

かなり図々しいお願いなので、書くのを躊躇していたのですが。

IEでコメント番号がすべて1になってしまうという不具合について。……すみません、何度もご指摘いただいていたうえ、以前、コメントで修復方法をご示唆くださったかたまでいらっしゃったのですが(ありがとうございます)、恥ずかしながら「授業の内容がわからない小学生」状態で、具体的にどこをどう直せばいいのか理解できていないのでございます。

そもそも、コメント番号のタグも勝手にブログカスタマイズさんからのまんまコピペでございます(ありがとうございます)。

厚かましいのは百も承知でございますが、どなたかお時間のあるかたがいらっしゃれば、書き換えていただくわけにはまいりませんでしょうか。……コピペして修正いたしたいと思います…。すみません…。気長にお待ちしております…。

ちなみに、コメント番号のためにコピペしてはめ込んだ部分↓。


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posted by gyanko at 17:00 | Comment(133) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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