大友が(『沙流羅
たとえば、『犬神
『寄生獣

これが単なる美辞麗句なのかどうかはどうでもいい。重要なのは、(作品の中の)その心情が、21世紀にならんとしていた西欧の若者の心とぴったりと符合したということなのだ。つまり、理性の確実性をはぎとられ、近代の夢想家たちの「大きな物語」(訳注:人々の共通の基準となる宗教や思想、イデオロギー。近代の西欧社会はこれを基盤として成立している)がもたらした構造をすべて抜き取られてしまったこの世界を再び素晴らしいものにしたいという切望なのだ。
マンガの世界は、コミックの世界よりはるかに上手く、時代精神と調和し、新たな意味(訳注:「大きな物語」を基盤にした社会が崩れた後の新たな位相)への需要を満たしている。まあ、考え方はウサギ脳的ではあるけれども。
(訳注:ウサギ脳は、合理性を素早く追求し、意識的に考えること。別名、d-mode。逆に、亀の心は、無意識でゆっくりと浸透させるように学ぶこと。亀の心こそが知性であるとする考えがある。ここでは「表面的な理屈(の整合性)だけで合理的に結論を付けているが」、ぐらいの意味だと思います。"Hare Brain, Tortoise Mind: How Intelligence Increases When You Think Less
近代以前の日本の神、鬼、妖怪、幽霊(精霊、悪魔、怪物、亡霊)の世界は、西洋のそうしたものを破壊した偏狭な一神教の被害は被らずにすんだ。現代性によって、日本のそれらがしぼんだのは随分後になってからで、日本に近代が到達した19世紀の中頃のことである。現代日本はこうして、Anne Allison
注22)Anne Allison著、『Millennial Monsters: Japanese Toys and the Global Imagination』(新世紀の怪物:日本の玩具と世界の想像力)、カリフォルニア大学出版、2006
この「無意識の精霊信仰」は、ニュー・エイジと結びつくことだけを願っていたマンガにも染み渡るのだが、ここでまた逆説が出てくる。最も強烈に日本と西欧の違いを際立たせている、こうした特徴(一神教の欠如、遅れてきた現代性)は、なんと、18世紀の啓蒙主義的合理性と今日、張り合っている「ポスト・モダンの普遍主義」が最も高位に位置させている思想そのものなのである。
日本のマンガには、一組のテーンエイジャーが「生命の樹」と融合することを否定してしまうような合理性はない。農民はあらゆる街角で妖怪に出会うことができるし、村の神々は村を汚したヤクザや政治家を追い出すために立ち上がる。心優しい旅人は、すべての住人(頭のない女性たちも含めて)がやってくるものすべてと陽気に愛し合ってくれる村に辿りつき、人口知能は人々から自分で考えるという能力を奪うかもしれないのだ(注23。
注23)それぞれ、水木しげる

この喜びに満ちた、正気とは思えない愚行(訳注:西欧の科学と合理性から見れば)は、脱工業化資本主義のよって意味をなくした世界に再び喜びを与えることはできないとしても、少なくとも、これは潜在需要にこたえることができているのだ。
最後の逆説はこうだ。マンガは、この同じ脱工業化資本主義の世界のために、かなりの収益を産み出す文化製品の象徴なのだ。
えらいところに着地成功でかなりびっくりしました。こういう絵のパズルだったの?!っていう驚き感満載。
まさかマンガがポスト・モダンの最先端に立ってるっていうオチにつながるとは思っていなかったです。
私は学問はまったく門外漢なので、こういう記事に対しておのれの意見を語るような材料もなく、良い意味の「こじつけ」の面白さを楽しむしかできないのですが、力があるものっていうのは、相手が素人だろうと説得してくるなあ、と。
最後のエントリなので、ちょっと長文になりますが、一応、これまでの記事の流れを私的にまとめておきます↓。
まず序から中盤にかけて。
マンガって、どうして世界的に人気になったの? だって、日本は積極的に文化を輸出してきたわけじゃないし、歴史的に見て変な国でしょ?100年ちょっと前まで鎖国してたし、一神教じゃないしさ、オレたちと宗教も文化も何の共通点もないのに、そんな国の文化をこっちから積極的に理解して広めてるっておかしくない? なんでなんだろう?
↓
じゃあ、まず、日本のマンガとフランスのコミックを比べて見るね。まず、日本は、フランスとちがって、物凄い数のジャンルのマンガが出てるんだ。少年向け、少女向け、サラリーマン向け、OL向け、主婦向け。男性知識層向けの、サブカルチャーっぽいコミックしかなかったフランスとは大違いだよね。うらやましいよね。
↓
しかもね、日本のマンガって、西欧みたいに検閲がないんだよ!宗教も政治も、たいして口を挟まないんだ。お化けとか、迷信とかも、「そんなの嘘だよ。この科学の時代に」なんて誰も言わない。女の子の裸も平気。フランスじゃ、考えられない。これは、西欧みたいに、宗教や科学的合理性に縛られてないからだよね。
↓
次は、日本の戦後のマンガの歴史の流れを思想面で見てみるね。
まず、戦争。日本人にとって、広島の原爆は科学の勝利だった。だから、戦後、日本は科学に夢中になったんだと僕は思う。そして、日本は高度成長を経て、経済大国へ抜きんでてく。
けど、この科学信仰は、公害っていう大問題にぶつかってしまう。科学を信仰しすぎたおかげで、自然がおざなりになって、公害が出てきちゃったんだ。日本人は、科学を信奉するのをそれでやめた。これは手塚治虫
↓
ここから、着地準備。
なら、日本人は、科学の信奉をやめた後、何に答えを見いだしたんだろう?
まず、1つ。フランスを席巻した『AKIRA』。大友は、あの中で、黙示録のあとの世界を描いてる。すべての価値観、宗教、思想が意味をなくして、なにを頼って生きていいのか、何を信じたらいいのか誰もわかっていない世界。大友は、世界は無意味であるって言ってるんだ。表面上の物語にごまかされてしまいがちだけど、底を流れるテーマは「世界の失望」なんだ。
もう1つは、自然への回帰だよ。科学ばかりを追求したら、必ず自然にしっぺ返しを受けるんだって考えて、自然とのつながりの中に、答えを見いだしていこうとしたんだ。その自然の霊的な奥深さを象徴するのが、妖怪、怪物、鬼といったものだね。これはね、昔から日本にあるものなんだ。
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さて、ここで、近代の西欧の話をするね。
たとえばだけど、「別に、結婚前に誰かとつきあおうと、離婚しようといいじゃん? ゲイだっていいじゃん? だって、個人だもん」って考え方。これは、僕たちが本来、教えられてきたキリスト教の良識では許されないことだったよね? でも、今はそれがなくなってきてる。
キリスト教だけじゃなくて、マルクス主義が支えてたソ連だってもうないし、階級制度だって萎んできてる。アメリカ行ったら、靴屋の息子は靴屋なんて言ったら大笑いされる。実はね、これを「大きな物語の終焉」=ポスト・モダンっていうんだ。西欧社会の底辺を流れていた巨大なストーリーを誰も信じなくなってきてるんだ。
↓
着地。
どうやって生きていこう。どういう答えを見いだそう。僕たちはそう考えて、ニュー・エイジなんて流行に浮かれてみたりもしたけど、ふっと横を見たら、変なものがあったんだよ。それはね、
世界は無意味であるって言ってるマンガ。
次は自然回帰だよ。科学で合理性ばっかり追求したら、しっぺ返しを受けるんだよって言ってるマンガ。
世界は無意味って言われたら、うん、そうだよ!わかるよ!って共鳴せざるをえないよね、僕らは。
自然回帰って言われたら、そうか!って思うよね。日本はすでに、自然のしっぺ返しをテーマにするマンガがいっぱいあって、しかも、とっくの昔に僕たちが一神教や科学や合理性と引き換えに失った、妖怪や迷信や精霊の世界がまだ残ってたんだ。僕たちにはもう帰る道がないのに、彼らは妖怪や幽霊や精霊を辿って、自然を敬う「信仰」の道を残してたんだ。
↓
日本って、過去の歴史も戦後の経緯も独特だし、近代化はすごく遅かったし、一神教でもないけど、そのおかげで、「ポスト・モダン」の中でも、西欧で最も進んでるって言われてる考え方そのものにとっくに行き着いてたんだよ!そりゃ、マンガ、広がるよ。だって、僕たちが直面してる問題を描いているんだもん。
かなり自分流で申し訳ないんですが、私的な理解はこんな感じでした。
ついでに、この記事を読んで思ったのは、1800年代のフランスを席巻したジャポニズムもそうですが、昔からの高い教育*1 の上に西欧から見れば「未開」「野蛮」にも思える自由度が乗っかってるっていう、あり得なさが、日本文化の秘密の気がしました。
*1:一例ですが、現在の日本の識字率は99.8%。幕末期の江戸の識字率が70%(18世紀ヨーロッパだと、ロンドンが20%程度、パリが10%未満)(Wikipedia)日本の教育の高さ(識字率の高さ、数学好き)は、室町時代以降、日本にきた宣教師が残した記録の中にも残っています。
はー、面白かったけど疲れた。
記事のストックがそろそろ切れるので、もしかしたら少し休んで、次回は本の予定です。まるで続きのようですが、宣教師と日本人のお話。
↓励みになりますので、よろしければ、ひとつ。


なんか論旨の展開がとってもフランス人らしいというか・・・スリリングでした〜〜これを「こじつけ」とは思わないですが、個人的にはやはり日本人と西洋人では子供に対する考え方が違う部分が大きいかな、とシロートは思う
これからも楽しみにしてます^^
>子供に対する考え方が違う
なるほど、です。確かにそうかもしれません。
思ってもみませんでした。こちらもありがとうございます。
お疲れ様でした。大変読み応えありました。
私も海外サイトの気軽な英語記事ぐらいなら読むんですが、これはさすがに訳されてないと読む気がしなかったと思います(笑)
ハイブロウ知識人誌ということで(笑)上から目線のちょっと勘違いしてる記事を想像しましたが、その1から「お、これは面白いな。よくわかってる人みたいだ」というのが伝わってくる記事でしたね。ほとんどツッコミどころもなかった…
最後になんらかのそれらしい結論をつけるのは記事の性格上仕方ないところですかね。確かにテーマや問題を描く漫画もありますが、昨今の世界的ブレイクを招いたのはポケモンやジャンプアニメですからねえ。小難しい理由は別にないような気もします。いやこの記事は別にその類の世界的人気のことを言ってるわけではないのかな?
識字率の高さは、日本の大衆文化の土台をある程度説明できる重要なファクターですよね。大衆に対する教育の重要さを喝破した福沢諭吉もえらかった。結局そのあと日本はえらいことになってしまうわけですが。
とにかくお疲れ様でした。これからも拝見させていただきます。
>昨今の世界的ブレイクを招いたのはポケモンやジャンプアニメ
確かにおっしゃるとおりです。マンガの主流といったらジャンプ系は外せないと思うのですが、このかたはそれは主流ではあるが、核ではない、ぐらいに思っているんでしょうか…。
>結局そのあと日本はえらいことに
そ、そうなのですか。勉強不足で知りませんでした。調べてみます。ありがとうございました。また、何かお気づきの点がございましたら、お教えください。
福沢諭吉は、非西欧諸国が当時全盛だった帝国主義に次々と餌食にされる中、どうしたら対抗できる国になれるかを考え「学問のすすめ」の中で、大切なのは教育だと説いています。「学問のすすめ」は当時としては大ベストセラーになりました。日本がアジアの中で唯一この時代に近代化を成し遂げた背景には、教育レベルの高さ、教育に必要な識字率がすでにかなり高かったということがあるわけです。
近代化を成し遂げたあと、日本は帝国主義諸国の仲間入りをしようと少々背伸びをしていくことになり、戦争によって解決を図るという世界的潮流に飲み込まれていき、結局手痛い敗戦を経験する、と。
だいぶ元の記事から話がずれてしまいました、失礼。
わかりやすい解説をありがとうございます。
『学問のすすめ』の背景に、帝国主義の脅威というものがあったことすら知りませんでした。単純に、勉強しなさいよ、という本だとばかり…。大学作った人だしなあ……という。お恥ずかしい限りです。
これを機会に手にとってみようと思います。良い機会をありがとうございます。浅学なので、本当にいろいろとためになります。
何点か突っ込みどころや、いや、俺の意見は違うぞって所もありましたが、とても質の高い内容で驚きました。
個人的には、原爆と科学信仰への関係性に言及するのであれば、何十万という同胞を殺し去った『科学』や『原子力』を、漫画が何故すんなりと受け入れてしまえたのか、についても考察してほしかったですね(笑)
あと科学信仰と黙示録と自然への回帰、世界の無意味さという観点で言えば、漫画版ナウシカが最も最たるものでしょうし、どこかで出てくると思いましたが‥‥出てきませんでしたね。
管理人さんありがとう
とても楽しく読ませてもらいました
いい分析だったし、読みやすかったです
>世界は無意味
>次は自然回帰
っていうのはその通りだと思います
問題はその解決法が分からないわけで…
まんがは面白ければそれでいいと思うけど
こういう堅苦しい分析もたまにはいいですね
※欄でけぱさんが>子供に対する考え方の違い
とありましたが
日本は「子供は6歳まで神の子」
西洋は「子供は未熟な人間」
って感じですかねえ(ちがうかも)
そういったところが最近の児童ポルノに対する意識の違いに現れてるんじゃないかな
子供の神性(自然性)が好きなんだよVS子供を好くことは理性に反する
なんて思ってみたり
もちろん”児童ポルノ”はいけませんが
個人としての意見
「すげえや!」
国民としての意見
「麻生太郎に読ませろ!今すぐに!!」
失礼
摩訶不思議ジャポニズムが構築され良くも悪くも幻想化されていくと・・・
当の日本人は特に何かを考え統計だって作り上げた訳じゃないし、
大量に生み出された漫画の中からその時代時代に合った物が
流行っていっただけ。単純明快。
哲学、思想、比較文化からフランス人が見た漫画論ってところは面白く読んだけどね。
フランス人はすごいですね。これじゃ韓国人の起源捏造なんて
本当に徹底的に馬鹿にされて終わりでしょう。
韓国人はこういうのは見ないんでしょうね。
見ても一行レスで荒らすだけだろうけど。
漫画文化に対するあちらの方の考え方としては、なるほどと思う点も多々ありました。
ただ、"遅れてきた近代化"というのに引っかかりましたね。
幽霊、迷信、数々の精霊、怪物のような非合理な物が出てきた背景として、これはちょっと違うでしょう。
日本人の精神文化に対する考え方がちょっと浅いんじゃないかなぁと思います。
まだ出来たばかりのブログのようですが、これからに期待しています。「海外の反応紹介」系のブログは、突然更新が途絶えてしまうことが多いので……
うわー、1から7まで一気に読んじゃいました
堪能しましたよ!良かったー
いままで何故このブログに気づかなったんだろ?不思議
気にいったので常駐させてもらいますよ
何処かで見掛けたのにノーチェックで不覚・・忘れていた事思い出せて面白かったです。(特に最後の部分は分かりやすかったです)
とても面白かったです! 一気に読んでしまいました。
今後の記事も期待しております。
興味深く拝読させて頂きました。
80年代生まれの私は、20世紀少年のテーマが分からなかったのですが、科学への期待と失望と終末と世界の再生というキーワードを追っていく事でハッとするものがありました。
結論で言われていた自然回帰は、流行りのエコとも繋がって後生で語られるのかなと思ったり。
一つ気になったのが、ナウシカについて語られていなかったなと言うことです。
あの話は自然回帰を目指した人間が自然から拒絶されるラストだと思うので、さらに次の段階の予言になってしまったら怖いなぁと。
日本の近代化以前が「野蛮」というイメージで括られていることに
違和感を感じましたが、新鮮な考え方だと感じたところもあり、
興味深く読ませていただきました。
特に印象に残ったことは、マンガのような創作作品は時代のトレンドに
影響を受けているということです。
これは当たり前のことですが、このフランス人の評論を読んで改めて
思い知りました。
客観的事実や様々な不満、疑問、違和感が少しずつ蓄積されていった結果、
ある時、新しいトレンドが生まれ、それが大きなうねりを作って、
創作作品に影響を与えていく様子が想像できました。
20,30年後のマンガはどうなっているのでしょうね。
普段何気なく見ている漫画をそこまで深く読み解く仏誌に
若干興味が…(笑)
これからも楽しみにしてますね
外国の視線の記事はいつ見ても興味深いです。
そっかー、向こうでは検閲が厳しいのかー。それじゃ、侵食されるのも仕方ないよね、と。
映画に置き換えてみれば分かりやすいですが、駄作良作入り乱れる市場で生まれたものから厳選されて輸出されてくると、受け止める側は抗いようがないですね。
AKIRAにしても、その横で北斗の拳やってたりしたわけですし。
何はともあれ、おいしい記事7点でございました。ごちそうさまでした
なんとなく結論ありきのような気もしましたが、
なにしろ漫画は沢山あるので、そういう理解も
あり得るかなと思いました。
おそらく、多様であること、読者の求めているもの
(求めそうなもの)を作るという、
一見、矛盾するような条件を満たしているのが日本の
漫画の強みなのだと思います。
また、
あと、ネット時代になり、物理的に距離が離れて
いても、読者を獲得しやすくなったのも大きいかと。
すごく客観的によく調べたなあって感心しちゃう記事でした。特に・・・↓
>それでも、心配している親たちや教師たちよ、まず気づけ、マンガが日本の犯罪発生率を増加させたことはないということに。
よくいってくれた!!Esprit!!!って本当に思いました(笑)
漫画のせいだとかいってる輩たちにこれをみせてやりたいですね。
大変面白かったです。ありがとうございました。
お疲れ様です。
「日本は原理主義的な思想から解き放たれているので
そういう『大きな物語』が力を失いつつある世界でマンガやアニメが広く親しまれた」
という説はかなりユニークですが、面白いですね。
「日本は自然回帰している」という点については
漫画版ナウシカや寄生獣のラストなどで代表されるように
さらに元に戻って中庸的な開き直りができているように思いますが。
また読ませていただきますね。
上のコメントでも触れられていますが、この記事の視点で見ると、いくつかのアニメ・マンガは、自然回帰のさらに先をすでに展開しているように感じます。
日本のマンガは「現代の潜在需要」に終わるものでもなさそうだなーと思いましたが、どうなんでしょうね。
ともかく、とても面白い記事でした。
紹介と翻訳に感謝です。
それほど、引き込まれて読みきりました。
管理人さん、頭良いね。感心した。
フランス人の難解な言い回しを、さらりと平易な言葉に直して尚、
論旨を外さないあたり、最後のまとめにしびれるほど感動した。
常駐決定。
日本のマンガがなぜ外国で共感されて読まれるのか不思議でした。
きっと、テーマの自由性やその種類の豊富さにあるんだろ〜な〜と、
漠然と思っていたのです。が、世界に意味はない。ゆえに自由だ。
それを体言しているマンガに魅了されたのかな。
先日北斎漫画を買って見ました。
すごいです。江戸時代。
これは、スナップ写真であり、マンガであり、雑誌であり、現在の雑誌そのもの。
日本では江戸時代からすでに、これら自由な精神が構築されていたのだと、
認識を新たにしました。
日本文化は、コンテンツのレベルの高さだけでなく、このサイトのようにそれをサポートするサイトによって、更に広がりと厚みが形成されていると感じました。これからも立ち寄らせていただきます。
でも管理人さんすごいね!お疲れ!