「灰羽って何なんだろう。壁もこの街も、灰羽のためにあるんだってみんな言う。でも、灰羽は突然生まれて、突然消えてしまう。私、自分がどうして灰羽になったのかわからない。何も思い出せないままここに来て、何もできないままいつか消えてしまうんだとしたら、私に何の意味があるの?」
この物語は、壁に囲まれた、グリという街から始まります。この街のはずれにオールドホームという家があり、灰羽と呼ばれる、背中に小さな灰色の羽をもち、光輪を頭に付けた子供たちが住んでいます。
彼女たちは、街で暮らす人間たちとは別に、ある日、オールドホームに繭(まゆ)となってどこからかやってきます。やってくるときの年齢はさまざまですが、みな、繭以前の記憶をもちません。そのため、彼女たちは、繭の中で最初に見た夢にちなんで名前をつけられます。
『灰羽連盟』は、この不思議なオールドホームに住む子供たちの日常を温かな視線で、淡々と描いていきます。食事、仕事、年下の子供たちの世話、街への買い物、灰羽同士の友情、街の人々との交情、廃工場の男の子との過去、過越しの祭……。見ている側は、ときに笑い、ときに切ない気持ちになりながら、子供たちの童話のような暮らしを見守っていくことになります。
ところが、実はこの物語の主軸は、そんな、子供たちの穏やかな日常のつれづれではありません。一見、なにげない、つつましい物語がゆっくりと進むにつれて、あるとき、子供が1人、また1人とオールドホームを巣立つ日がきます。しかし、誰もそのわけも、どこへ旅立つのかもはっきりとは説明しません。そればかりではなく、
オールドホームとは何なのか、灰羽とは何者で、一体どこから、そうしてなぜ来たのか。彼女たちの名前はなぜ夢にちなむのか。この街はなぜ壁に囲まれ、そこから誰も出ることができないのか…。
これらの謎を、この物語は決して積極的に解明しようとはしないのです。ミステリーならば、クライマックスに向けて最大限に理で説明し尽くしていくはずの謎の核心を、物語上で得意げに振り回すことをしません。物語の理由をもたない物語、それがこのアニメの魅力です。
(右:物語進行上の主役、「ラッカ」、左:テーマ上の主役、罪憑きの「レキ」。)
しかし、もっと不思議なことは、どんな明快な説明もないというのに、見終わった後には、見る側にはほぼすべての謎を納得できていることです。彼女たちがどこから来て、どこへ行くのか。彼女たちが何者なのか…。理屈で理解するのではなく、すべてを心で納得しているのです。ああ、そういうことだったのか、と。
そして、すべての謎と理由は決して、彼女たちの羽や光輪に象徴されるような栄光に満ちた、崇高なものなどではなく、むしろ、寒々として、底の知れない深淵の中にあることがわかります。オールドホームでの温かな日常と、この暗い淀んだ水底の対比。そうしてまた、水底のぞっとするような深さと、そこから光とともに抜けだすかのような美しい希望の対比が素晴らしいです。
このアニメには、理屈で解こうと思えば、たくさんの矛盾があるのかもしれません。けれど、理で楽しむ物語ではこれはありません。矛盾をはらんだまま、美しい形を成しているものを、感覚で納得する。その謎について誰かと熱く語り合うのではなく、黙って心が受け入れたままにしておく、そういう味わいのある作品です。
次回は、『灰羽連盟』、海外の評価です。
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