2009年06月18日

葛飾北斎、ワシントンへ行く その2

「六歳から写生し、五十歳から画図を発表してきたが、七十歳以前の画は実に取るに足らず、七十三歳でやや鳥獣虫魚の骨格、草木の出生を悟り、ゆえに八十六歳でさらに精進し、九十歳でなおその奥意を極め、百歳にして正に神妙の域に達し、百有十歳となれば一点一格が生きているかのごとくになるだろう」− 葛飾北斎



前回から続く葛飾北斎です。今日から数回のエントリは、米国ワシンントンの画廊で開催された大規模な葛飾北斎展のアート・レビューをお送りします。


ライターのロバータ・スミスという人は、宝飾デザイナーからグラフィックデザイナーになり、絵本のイラストも手がけている人のようです。



ワシントンで北斎展:休むことのない日本の巨匠の回顧展

Roberta Smith



意識的に変貌しつづけた浮世絵師、葛飾北斎。アーサー・M・サックラー・ギャラリー/フリーアー・ギャラリー・オブ・アートで開催された巨匠の回顧展は、すべての照明をかなり落とした状態で行われた。なぜなら、その作品のあまりに多くが紙だったからだ。このような管理上の予防措置は、視覚的に、今回に限りふさわしいことだろう。

今回の展覧会で、北斎は、美術史の薄暗がりから躍り出て、まるで、天才という鎧で完全武装し、金色の馬車に乗り、その才能を煌めかせ、音を立てながらやってきたかのように思える。


葛飾北斎は、職人の一家に生まれた(訳注:農家の子供。その後、鏡磨師の養子)。いわく、6歳で絵を描き始めたという。彼のキャリアには、成功と偉大なる月日と、また捨て置かれた偉大なる月日があるが、70年の歳月に亘って、絶え間なく、絵画、版画、作品集の印刷という活動を続けた。今回、展示される150作品は、北斎の制作した作品の表層をほんの少し引っ掻く程度の数であり、北斎の作品数はしばしば、少なくとも1ダースのアーティストの作品数に敵うとまで言われている。


印象派を先導したことで名高いこともあり、北斎(1760-1849)は、西欧で最もよく知られた日本の芸術家かもしれない。彼の版画は、1850年代に西欧に入ってくるやいなや、すぐに芸術家やデザイナーたちに影響を及ぼしはじめた。特に影響が大きかったのは、1830年代初期の『冨嶽三十六景』、それも『神奈川沖浪裏』であり、この作品は広く引用され、模写され、ムンクの『叫び』ではパロディにまでなった(訳注:おそらく構図のことなんでしょうが……)


↓『神奈川沖浪裏』               ↓『叫び』

北斎/神奈川沖浪裏【PP-30114】[ポスター] アート『ムンク《Scream/叫び》』ポスター


『神奈川沖浪裏』は北斎の晩年の作品で、今回の展覧会ではギャラリーでは目玉として前面に押し出され、展示されている。これは、北斎の、様々な媒体に亘る作品を端的に要約している。展覧会の最初の作品、とぐろを巻く煙と灰の中で空に浮かぶ、赤々とした燃えさしのような赤い肌をした悪魔の絵(訳注:たぶん『雷神図』)よりはわずかに恐ろしさはないとはいえ、荒々しい自然が描かれている絵である。


↓『雷神図』

thundergod.jpg


異常なほど精微な版画で『神奈川沖浪裏』に表現されているのは、まるで地球から押し出されてきた巨大な手のように、3艘の小さな船を巻き込もうとしている奇怪な形である。次々に襲ってくる泡の渦を見ていると、いっぱいまで伸ばされた多くの爪(噴霧の泡)が(訳注:地球から押し出された)空を飛ぶ土塊であってもおかしくないと思わされる。


雪をかぶった富士は低く、遠く、ほぼ、もう1つの波のように見える。しかし、この有名な名所は、舟上で慌てふためいている漁師の視界の端に映る、乾いた陸地の切れ端にちがいないのだ。波間の深い谷は、西欧の遠近法の影響が見える。北斎は、日本に流れてきた版画や印刷本から遠近法の技術を拾い集めた。そしてまた、ここで、これからやってくる物事の予兆を垣間みることができる。そう、ヴァン・ゴッホ、ゴーガン、そしてアール・ヌーボーである。


この展覧会は、フリーアー・サックラー・ギャラリーズの上級次席学芸員、アン・ヨネムラによってオーガナイズされ、北斎の作品に対する理解をより先へ、『神奈川沖浪裏』よりもっと先へと広げさせてくれる。北斎の進化と感性を、ひとつの深みと詳細さをもって提示しているのだが、こうした深みや詳細さをもった展覧会は未だに、東洋のアーティストではなかなかない。また、この展覧会では、北斎が、非凡で歴史的な、即興芸術(訳注:やり直し、修正の効かない、即興性が大きい芸術)の巨人であり、日本の江戸時代の立役者であり、印象派だけでなく、厖大な量の文化の原点 - マンガ、アニメ、フィギュアの先祖 - であることを示している。


展覧会の作品のバラエティは、あまりにも豊富すぎて、1つ1つに見入ることは難しい。作品構成は、時系列とテーマ別が半々なので、一見、ちょっと混乱もする。だが、この明らかな落ち着きのなさは、ほとんどが北斎自身のせいなのだ。北斎が様式や主題、果ては自分の名前まで、次から次へと変えるたびに、電流のような何かが彼の芸術に流れるのだろう。




さて。今日はここまでなのですが。

このレビュー、周辺情報をきちんと伝えてくれているし、歴史的な見方も納得できるものなのに、どっかピンとこなくないですか? 特に『神奈川沖浪裏』と『雷神図』の解釈。

二つの作品を並べるときのキーワードが、「わずかに恐ろしさはないとはいえ」。そして、「奇怪な波」、「赤い肌をした悪魔」のあたり。私的には、


「3丁目の角のタバコ屋の娘さん、美人だよねえええ!」
「えええ………あそこに娘さん、いたっけ?息子さんじゃない?』



ってぐらいに、このレビューと交感できませんでした。見てるものが違う。だって、明らかに、このかたが伝えようとしているのは、「恐怖」なんですよ。そこになにか釈然としないものがある。


これは宗教観の差なんだとは思います。大波も雷神も、日本人にとって、善でも悪でもない、圧倒的な存在です。人の意志など介することのない厳然としたもの。人智を超える、それこそが神の領域です。


だからこそ、どちらの絵にも、荒々しさの中に、神々しい強さがある。それを崇める気持ち、畏敬する気持ちがあるから、日本人は、これに見入るんじゃないかと思います。それは、奇怪さでも恐怖からでもない。言うなら畏怖です。


一神教の西欧には、善でも悪でもなく、ただただ強い神=自然という概念がないんでしょう。良いか悪いか、どっちか。命の危険があるから悪、怖いから悪っていうふうな。でもって、命の危険を感じて怖いときに祈るのが神。だから、このライターのかたも、大波や雷神に恐怖しか感じないのかもしれない。


ですが、これはこのかたが北斎の絵を理解していないということではもちろんありません。ちがうんです、日本人的理解と。これが、このレビューをやろうと思ったきっかけであり、このレビューの面白さでもあると思うのです。



次回はこの続きです。



オマケの『無限航路』日記。7章に入りました。もう、序盤はありえねえええええ!ってぐらい死にました。しかも、ザコ戦で。3章のボスは、マジで心折れそうだった…。根性を試されるゲームです。でも、戦艦作るの、面白いよ。



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posted by gyanko at 21:00 | Comment(2) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
  1. 訳者様のおっしゃること、すごくよく分かります。
    雷神は別に善でも悪でもなく、ただ畏怖・畏敬の対象なんですよね。
    荒波にしても、海の神が怒っているから荒れていると捉えるのが日本的。

    たかが絵、されど絵。文化や宗教が違えば色んな見方がありますね。
    とても面白く、興味深い記事ありがとうございました。
    Posted by at 2009年09月04日 20:08
  2. なるほど、バックグラウンドの違いに明確さはあるようですね。欧米のキリスト教的世界観と日本人の暴力的な理不尽さ、時には豊穣をもたらす優しさを含めた自然の中で人が生きているような、人以外のあらゆるものに神が宿るような八百万の神的世界観の違いを感じますね。
    人間社会中心の規範としての神をもち、人間の周囲に自然を隷属させるとまではいいませんが、人間に自然を適応させるような思考だと雷神に対する考えも違ってきそうですね。
    自然の捉え方の違いですね。私自身が欧米人のエコへの取り組みがエゴに見えるのはそこら辺にあるのかもしれませんね。
    一つの解釈から色々想像できて面白いですね。
    Posted by at 2009年09月23日 07:28
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