2009年10月17日

五嶋みどり -ニューヨーク・タイムズ紙、1991年の記事 その2 -

五嶋みどり、New York Time紙の1991年3月の記事、第2回目です。本日はまずはこちらから↓。

↓サラサーテのカルメン幻想曲。17歳。小沢征爾の指揮のボストン交響楽団。演奏後、客席のレナード・バーンスタインが感心したように首を振ってから、投げキッスをしてます。

Midori plays Carmen-Fantasie (Sarasate)



みどりの家族、…母、義父、そしてまだ赤ちゃんの弟はつい最近、この2世帯住宅に引っ越してきたばかりだ。荷解きの時間もなかったために、家の中は片付いていない。だが、荷解きが済んでいようとなかろうと、この家族がつつましやかなのはすぐに感じとれる。アンティークも、高価な収集品も、みどりの国際的な名声を見せつける品もない。(年70万ドル(訳注:1991年当時で約8750万円)とも言われるみどりの収入をほのめかすものもない。)

みどりは私を2階の彼女のスタジオへと案内してくれた。小さな防音の部屋、ステレオと譜面台以外はほとんど何もない。ここで彼女は何時間も、誰にも邪魔されずに練習をするのだ。

ここで、彼女は、私に子供時代の話をしてくれた。1971年に大阪で生まれたみどりは、母親のバイオリンの音を聞きながら育った。五嶋節は、今40代だが、日本にいた頃は、教師であり、室内楽の演奏家であり、そうしてオーケストラのコンサートミストレスだった。

節は言葉の障壁を理由に、私のインタビューを今回、丁重に辞退してきたのだが、1987年のインタビューでは、みどりが2歳だった頃のことをこう回想している。「私のリハーサル中は、みどりをよく観客席の前列で眠らせていたのですが、ある日、みどりがバッハの協奏曲を口ずさんでいるのを聞きました。2日前に私が練習していた部分をそのまんまです」。3歳の誕生日に、みどりは、6分の1サイズのバイオリンをプレゼントされ、それからレッスンの日々が始まったのである。

みどりは、最初の頃のレッスンをほとんど覚えていない。だが、2歳半になる彼女の弟、龍が1日に2度、3分の1サイズのバイオリンで練習するひたむきな風景を見れば、当時こんな練習をしていたにちがいないことはわかる。「母は働いていたので、私は自分で練習していたんです」とみどりは言う。「母が帰ってきて、料理を作っているときは、キッチンで練習してました」。そうやって、みどりは、バッハ、パガニーニからバルトークまでの膨大な量の標準的レパートリーを学び、覚えていった。

みどりが8歳のとき、ドロシー・ディレイに渡りのつく節の友人のために、1本のテープが作られた。ディレイといえば、アメリカを代表するバイオリン教育者であり、イツァーク・パールマン(訳注:20世紀の最も偉大なバイオリニストと言われる)、シュロモ・ミンツ(イスラエル人バイオリニスト)、チョーリャン・リン(訳注:台湾人バイオリニスト。五嶋龍の師)をはじめ、数えきれないほどの演奏家を育ててきた人物である。ディレイは、このテープを聴き、「これは、まさに桁外れ」と賞賛し、すぐにみどりをアスペンの音楽祭に招く。1981年のことである。


アスペン音楽祭:6月〜8月の9週間に及ぶクラシック音楽祭と若手の練習合宿を兼ねたようなもの。オーケストラ、オペラ、室内楽のコンサート以外にも、講義やディスカッション、クラス別に分かれた練習プログラム等が用意され、世界40ヶ国に及ぶ国々から、将来を嘱望される700人以上の若い音楽家が集まる。
また、富裕層が別荘をもつ避暑地でもあり、若い音楽家がスポンサーやパトロンを探すのにも絶好のロケーションをもつ。

この夏、ピンカス・ズーカーマン(訳注:イスラエル人バイオリニスト。オタワ国立芸術センター管弦楽団、音楽監督)はアスペンでパブリック・マスター・クラスをうけもっていた。みどりの登場を彼は、まざまざと思い出しながらこう語る。

「当時まだ10歳にもなっていなかったあの小さな子がきたとき、私は椅子にすわっていたんです。彼女の身長は椅子にすわった私ぐらいしかありませんでした。バイオインを調律してから、観客に向かっておじきをして、私にもおじぎをして、それから、ピアニストにもおじぎをしましたね。……そうして、バルトークの協奏曲を弾いたんです。私はもう気が狂いそうになりました。椅子にすわったまま、涙を頬に伝わせていた。私が「他になにか弾ける?」と聞くと、通訳を通じて、みどりが「はい。パガニーニの協奏曲。ソーレのカデンツァ」って言うんです。10歳にもならないのに、時代を問わず、この全宇宙でほんの数人しか弾けないソーレ・カデンツァをもう弾ける!私はこのことは、永遠に語りつづけると思いますよ。それと、みどりは半分サイズのとても小さなバイオリンを使っていたんですが、そこから出てくる音といったらね、……もうありえませんでしたね。まさに呆然です。私は観客に向き直って、こう言いました。「レディース&ジェントルメン、みなさんがどう思ったかは知りませんが、私は今、奇跡を目撃したんです」。

この手の奇跡は、バイオリン演奏の歴史では以前にも起こったことではある。ヤッシャ・ハイフェッツ(訳注:ユダヤ人バイオリニスト。バイオリニストの王と呼ばれる)は3歳で父にバイオリンを習いはじめ、5歳で人前で演奏をし、16歳でカーネギー・ホールでデビューを果たした。ユーディ・メニューインは5歳でバイオリンを始め、7歳で人前で演奏、10歳のときニューヨークでデビューした。

これほどの超自然的な能力をどうしたらつかめ、そうしてまた、これほどのものを育てるには、どんな材料が必要だというのか。ズーカーマンは質問には答えなかった。「言えるのは、この宇宙が一体、どうやってこういう人々を産み出しているのか。なにがハイフェッツやミルシテイン(訳注:ユダヤ人バイオリニスト)を創り出したのかって思いだけです。彼らは、子供のときから、みどりのように弾いていたんですよ。驚異ですよ」。

ドロシー・ディレイは、驚異という意味ではこれをあまり語りたがらない。「早熟というのは、あらゆるケースにおいて、遺伝的形質とは関係がなく、子供の心を汲み取る親との密接な関係が重要だと思います」。みどりの場合、母と娘の関係が並外れて親密であることは周囲がみな認めるところだ。本当に密接。実際、ディレイはこう言う。「ほとんど一心同体です。弾きたいという欲求のどれぐらいがみどりから生まれ、どれぐらいが母親から生まれているのか、私にもわからない」。



子供の心を汲み取るということでは、五嶋みどりが摂食障害で長期入院した際の逸話があります。

天才バイオリニストの五嶋みどりのために組まれた医療チームが「みどりからバイオリンを離してはいけない」と治療方針を定めて、わざわざ練習用の特別室まで準備するのですが、節はこれに「そんなはずはない。もう一度聞いて、それでもやりたいと言うならバイオリンをもっていく」と答えます。その通り、再度の問診で、みどりはバイオリンを拒みます。

医療チームはその後、音楽のテープを聴かせようと促しますが、これも節が「今聴きたいと思うはずがない。あと数週間したら言うでしょう」と断り、これもその言葉通り、数週間後になってやっと、五嶋みどりはテープが聴きたいと自分から言い出します。


後年、五嶋みどり自身は、この頃のころを「もう悩むとかじゃなくて、わけがわからない。でも、いつも、悲しいを超して悲しい。悲しみがいつも回転してるんです。ずーっとわけがわからないんだけれども、暗い、ずっと暗い。自分に悪いことばっかりしたくなるんです」(『母と神童』)と語っています。



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posted by gyanko at 21:00 | Comment(9) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
  1. 小沢征爾氏若いですね。なつかしいです。いろいろ五嶋みどりご自身にもあったのですね。そうとは知らずに演奏を聞いてきました。
    Posted by at 2009年10月17日 22:56
  2. >早熟というのは、あらゆるケースにおいて、遺伝的形質とは関係がなく、子供の心を汲み取る親との密接な関係が重要だと思います

    まったくその通りだと思う。
    だが、普通の人間はなかなか子供にそこまでしてやれない。
    親自身にも毎日の生活や感情や欲求があるから。
    ゆえに神童はそう簡単には出現しないのでしょうねw
    Posted by at 2009年10月18日 00:01
  3. はじめてこんな凄い日本人がいることを知った…
    非常に興味深い!続き楽しみにしてます
    Posted by at 2009年10月18日 00:23
  4. せっかく凄いヴァイオリニストなのに
    演奏中上半身をゆらゆら揺らすのみっともない。
    と思うの俺だけかな?

    ハイフェッツの動画みたら微動だにしてなくて
    凄い貫禄があって格好よかった。
    Posted by at 2009年10月18日 01:22
  5. ハイフェッツは凄いヴァイオリニストなのに
    演奏中は棒立ちで不感症なのかと思った
    演奏まで冷たく感じたのは俺だけかな?

    みどりの楽曲の理解と解釈の完璧さは、表情と上半身の動きを見てもわかる
    どこまでも優雅で甘美
    Posted by 偏在するかまいたち at 2009年10月18日 01:51
  6. 演奏中は20代にも30代にも見えるのに、
    演奏が終わって微笑むと14・5の少女に見える。
    不思議。
    Posted by at 2009年10月18日 02:00
  7. >せっかく凄いヴァイオリニストなのに
    >演奏中上半身をゆらゆら揺らすのみっともない。
    >と思うの俺だけかな?

    有名レベルでも顔(表情)や動作が激しい人は沢山いるし大丈夫だよ。
    他の楽器演奏者にも、それこそ指揮者にも。
    演奏がよければ目ざわりになる事はないよ
    目を瞑って聞き入ってる人も多いから。
    むしろ動作が少なくて技巧的だとハイフェッツのように「冷たい」「器械的」なんて言われたりする。
    CDなんか聞くと鼻息や歌声が入っちゃってる人もいるけど
    演奏がよければそれすら特色になる。

    Posted by at 2009年10月18日 02:01
  8. クラシックに疎い自分だが
    途中から鳥肌たってきた

    すごい天才がいたもんだ

    Posted by at 2009年10月18日 18:31
  9. みどりのタングルウッドの演奏を記憶している者としては、
    このように取り上げてもらえるのは嬉しく思います。
    続きも楽しみにしております。
    ハイフェッツはさすがに無理でしたが今回の文中に出てくる人の
    演奏は全部生で聴きにいきました。懐かしいですね。
    Posted by at 2009年10月22日 03:15
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